採用がゴールじゃない――入社後の活躍を支援する「HR Spanner」はこうして生まれた

HR Spanner

従来の転職サービスでは、「採用」までをフォーカスすることが多く、採用のその先については手薄になってしまいがち。そうしたなかパーソルキャリアでは、中途・新卒入社者が転職後に長く働ける環境づくりに貢献する、新サービスHR Spanner(エイチアール スパナー) のβ版をスタートさせました。サービスを形にするにあたって、企業の人事担当者や社内の営業部門へ繰り返しヒアリングを行い、プロジェクトの目の前に立ちはだかった中小企業の人事担当者「ハヤシさん」とは一体……?

サービスオーナーの大澤侑子、エンジニアの越湖亮太と早坂悠、デザイナーの髙澤竜司に、サービスに込めた思いと新規プロダクト開発ならではの苦労や軌跡を訊きました。

※越湖は退職していますが、本人の同意を得て掲載を継続しています。

「採用」、その先の悩みを解決するために

——まず、HR Spannerとは、どのようなサービスなのでしょうか?

大澤:「法人向けオンボーディング支援サービス」です。「オンボーディング」とは、新入社員に対するケアを通して、いち早く新しい環境に慣れてもらい、定着や即戦力化を図るプロセスのこと。HR Spannerは、アンケートをベースに、中途・新卒採用者の入社後の悩みを伺って、企業の人事担当者や先輩社員による適切なフォローを支援します。

従業員調査で一般に用いられている「パルスサーベイ」のアンケート手法を使って、新入社員1人ひとりの声を素早く集めて、企業が個別のアクションを起こしやすい仕組みになっています。

 

——パーソルキャリアは採用支援のサービスがメインだと思っていましたが、入社後のオンボーディングのサービスを始めたのはどうしてでしょうか?

大澤:dodaなどの転職サービスは当社の大きな柱です。けれども、転職希望者や人事担当者に寄り添って考えてみれば、転職や採用をゴールとするのではなく、採用後も長期にわたって「はたらく人」支援すべきだと考えています。

サービス企画開発本部 サービス企画統括部 サービス企画部 エキスパート 大澤侑子

▲サービス企画開発本部 サービス企画統括部 サービス企画部 エキスパート 大澤侑子

大澤:採用した社員が短期間で離職してしまうのは、企業にとって大きな損失です。事業計画にも影響が出ますし、力を注いだ人事担当者の落胆も大きい。社員にとっても、自分の力を発揮できずに辞めるのは不幸なことですよね。人事にとっては社員一人ひとりに「いかに本来の力を発揮し続けてもらうか」が、大きなテーマとなっています。

加えて「dodaで採用した人は定着しやすい」と感じてもらえれば、パーソルキャリアのブランド価値を高めることにもつながります。私は以前から、パーソルキャリアはオンボーディングサービスをやるべきだと思っていたんですよ。

 

——転職者にとっても、企業にとっても、ありがたいサービスですね。プロジェクトスタートまでにはどういった流れがあったのでしょうか?

大澤:サービス開発に着手するにあたり、簡易な調査から入りました。パーソルキャリアの営業チームに顧客ニーズなどをヒアリングし、概観をつかんだ後、Design Sprintを行いました。Design Sprintでサービス顧客候補である企業の人事担当者にヒアリングを行ったところ、特に中小企業にニーズがありそうだということがわかってきました。

 

——大手よりも、中小企業のほうが入社後支援のサービスを求めている、と。それはどうしてなんでしょうか?

大澤:中小企業の採用担当者は、人事以外にも総務などさまざまな業務を兼任しているケースが多いんです。そのため入社後フォローの重要性は重々に理解していながらも、なかなか手が回っていないのが現状で。だからこそ、負荷が増えることなく使えるサービスがあるなら使ってみたい、という声が多かったんです。

開発に着手すると、営業担当からも「早く紹介したい」という声をたくさんもらいまして。その期待に応えるためにも、短期間でローンチしなければなりませんでした。

 

短期間で形にするため、オフィスを飛び出した

——開発を短期間で進めるため、どのような体制で臨んだのでしょうか?

早坂:プロジェクトメンバーは5~6名で、構成としてはサービスオーナー、エンジニアリング、デザイン。得意分野を持ち寄って、少数で一気に進められるチーム構成ですね。

大澤:開発陣は、開発部門の責任者がこれまでのプロジェクト経験を考慮して、見知った者同士になるように集めてくれました。お馴染みの開発チームに、オーナーとして私が入れてもらった感じですよね。旧知のメンバーが集結したからこそ、プロジェクトの立ち上がりでチームビルディングに時間をかける必要がなく、すぐ開発に取りかかることができたんです。

開発の進め方も工夫しました。最初の3週間でサービスのコアとなる機能を設計したのですが、集中して一気に進めるために、新宿で個室のシェアオフィスを借りて、そこに皆でこもって作業にあたりました。早坂さんは普段、仙台オフィス勤務なのですが、このシェアオフィスに来てもらったんですよ。

早坂:いきなり、来週から新宿へ来い、と(笑)。

サービス企画開発本部 サービス開発統括部 エンジニアリング部 サービスアーキテクトグループ リードエンジニア 早坂悠

▲サービス企画開発本部 サービス開発統括部 エンジニアリング部 サービスアーキテクトグループ リードエンジニア 早坂悠

——会社とは別のシェアオフィスでの開発とは、パーソルキャリアでは大胆な試みですよね?

大澤:私にとっては、今回のプロジェクトが初めての新規事業開発だったんです。パーソルキャリアも新規事業にまだ慣れているわけではなく、組織としてのノウハウが確立されていません。ですので、自分なりに新規事業開発の事例や理論などを勉強したうえで、集中できる環境が必要だと考えたんです。

髙澤:メンバー同士、最短距離でコミュニケーションできる環境だったことで、非常にスムーズに進められました。サービスオーナーである大澤さんの「頭の中」を正確に共有できましたし、疑問があれば、すぐに声を掛けてその場で解決できた。たくさんのホワイトボードを壁に貼っておいて一目で情報にアクセスできたし――あの空間でともに過ごしたからこそ、一人ひとりの役割は異なりますが、目指す方向を間違えることなく突き進むことができました。

サービス企画開発本部 サービス開発統括部 UXデザイン第2グループ シニアデザイナー 髙澤竜司

▲サービス企画開発本部 サービス開発統括部 UXデザイン第2グループ シニアデザイナー 髙澤竜司

髙澤:大澤さんに質問したり判断を求めたりした時の、意思決定がとても早いんですよ。別の仕事があって不在だった大澤さんに「どうします?」ってメッセージを送ったら、いったんは「ちょっと待ってください!」と返事が来るんですが、1時間ぐらいで決めて答えてくれて。オーナーが判断を下すまでに時間がかかって進められないのはもったいないですからね。とにかくHR Spannerのことだけに集中できたからこそ、短期間で作り上げることができました。

 

——いわゆる「カンヅメ」状態のハードな環境というわけではなかったですか?

髙澤:そういう印象ではまったくないですね。今までになく作業に打ち込めたので、あっという間に時間が経っていました。辛いと思ったことはなく、むしろ大きな充実感があって。3週間がとても濃い時間で、正直、自社オフィスに戻りたくないくらいでしたね(笑)。

 

「ハヤシさん」と向き合って改良を重ねる

——技術面についても教えてください。HR Spannerは、どういった技術を使って開発されたのですか?

早坂:人事担当者が使うWeb画面はVue.js、中途・新卒社員用アプリはGoogleのFirebaseで作りました。加えてバックエンドではGoogle Cloud Platformも使用しています。

アジャイルのように開発と改良を高速で繰り返すために、初期段階で「技術的に難しすぎることはしない」と決めて、簡単に使える技術を選びました。そのほうが、将来このメンバーの手を離れて、他のエンジニアが見ても理解しやすいですからね。

——なるほど。開発のスピードと、今後の改良のことも考えられているんですね。

大澤:あと、メインユーザーが使いやすいサービスにするために、ペルソナも設定しました。事前に行った調査結果から、年齢など細かい設定を決めて、名前も「ハヤシさん(仮名)」と名付けました。開発中しょっちゅう「ハヤシさんが~」と会話していたんですが、自社オフィスに戻ったら周りには「誰?」って顔をされましたね(笑)。

 

——かなり具体的なペルソナなんですね。どのような仕様を「ハヤシさん向け」にしたのでしょうか?

大澤:調査の結果、ハヤシさんはITリテラシーがそこまで高くない方だろうと思ったので、できるだけシンプルに扱えるようにしました。また、情報そのものもシンプルに、グラフなども大きくて見やすいデザインにしました。

越湖:たとえば、入社後アンケートを送信する社員のメールアドレスを登録する必要があるのですが、当初の仕様ではcsvファイルで保存してもらう想定でした。そのほうが開発側としては実装しやすいんです。でも、ハヤシさんはcsvファイルよりも一般的なExcelでの管理なんじゃないかと思って。結局、Excelで扱えるようにすべきだと考え直しました。

サービス企画開発本部 サービス開発統括部 エンジニアリング部 サービスアーキテクトグループ マネジャー 越湖 亮太

▲サービス企画開発本部 サービス開発統括部 エンジニアリング部 サービスアーキテクトグループ マネジャー 越湖 亮太

髙澤:ペルソナは、いくら意識しているつもりでも忘れてしまうものですなんですよ。少なくとも毎朝改めて見直すぐらいに気をつけないと、つい自分たちの目線で考えてしまいがちで。だから今回は、ハヤシさんのイメージ顔写真とプロフィールも壁に貼って、いつも目に入るようにしていました。

越湖:ハヤシさんが務めている会社のIT環境も想像しましたよね。最初はGoogle Chromeで閲覧することを前提にしていたのですが、企業のPCでは依然としてWindowsのデフォルトブラウザを使っているところもあるんですよ。グラフの表示の検証を行ったところ、デフォルトブラウザではもはやグラフの形にすらなっていなかったりして大変でした(笑)。

 

——徹底的にユーザー目線で開発をすすめていかれたのですね。当初から期待の声をかけられていた社内の営業部門などからは、開発途中に、リクエストや要望をもらうこともあったんでしょうか?

大澤:はい、社内からの要望も多かったです。上層部からの「こんな機能も付けたほうがいいのでは?」という声もあったのですが、まずは私たちチームが当初描いた機能に向かって完成させることを優先すべきだと、要望を見送る判断をしたこともあります。予定通りのスケジュールでローンチするためでもありますが、何よりもハヤシさんのための機能をしっかり作り込むべきだったので。

 

 

オンボーディングが当たり前に行われる社会を創りたい

——ローンチして、サービスを実際に使用したユーザーからは、どんな反応がありましたか?

越湖:まず、想像をはるかに上回る利用申し込みがあって驚きました。やはり、オンボーディングの必要性は感じていたけれど、なかなか手が出せなかった企業の人事の方々が多かったのだな、と。改めてHR Spannerの意義を感じて、素直にうれしかったです。

 

——見事プロジェクトは成功したということですね。振り返ってみて、成功要因は何だったと思いますか?

髙澤:やっぱり最初の濃密な3週間があったからこそでしょう。コミュニケーションがプロジェクトの成功を左右するのだと、改めて実感した経験でした。

越湖:本当にそうですね、コミュニケーションの大切さ。

髙澤:もう一つ、大澤さんの高い熱意があったからこそだと思っています。熱意だけで突っ走ってしまうと上手くいかないこともありますが、そういうわけでもなく、エンジニアやデザイナーの考え方や気持ちをよく理解してくれたので、一緒に進んでいけて、とてもやりやすかったです。

HR Spanner

——また機会があれば、同じような体制で取り組みたいですか?

髙澤:そうですね。ただ、今回はパーソルキャリアにとっても特別な試みで、同じような開発機会があふれているわけではないんです。だから成功例としての再現性はあまりないかもしれない(笑)。

それでも、大企業でも少人数でサービスを作れるんだぞ、という前例を社内に示せたことが、パーソルキャリアの将来につながればいいなとは思います。

 

——今後、HR Spannerをどのようなプロダクトに育てていきたいですか?

早坂:現状、提供されているものはまだベータ版なんです。ユーザー数が限られているので、システムの負荷や挙動も予想しやすい。でも、今後正式リリースすればユーザーも増えるので、負荷対策などの考慮も必要になってきます。機能だけでなく、性能面でも作り込んでいかなければなりません。

大澤:私にとっては、HR Spannerを作ることがゴールではありません。まだまだオンボーディングを実施できていない企業はたくさんあります。HR Spannerでハードルを下げて、企業にとってオンボーディングが当たり前、細やかなフォローが当たり前だと語られるような社会を創っていきたいんです。そうして、一人ひとりが力を発揮できる世界を実現させたいと思っています。

(文=加藤学宏/編集=ノオト/写真=西田優太)

HR Spanner

大澤 侑子

大澤 侑子 Yuko Osawa

サービス企画開発本部 サービス企画統括部 サービス企画部 エキスパート

大学卒業後、大手総合人材サービス会社・経営コンサルティング会社での勤務を経て、2013年に株式会社インテリジェンス(現・パーソルキャリア)に入社。人材紹介・転職メディア関連事業の事業企画を担当したのち、2019年より現職。2019年より一橋大学大学院経営管理研究科 経営管理プログラムに在籍中。

越湖 亮太

越湖 亮太 Ryota Koshiko

サービス企画開発本部 サービス開発統括部 エンジニアリング部 サービスアーキテクトグループ  マネジャー

ミュージシャンとしての活動を経た後、オークションサービスを運営する会社にてCS職/企画職を経験。その後、フリマ系ベンチャーにてエンジニアとしてのキャリアをスタートし、toC向けのサービス開発経験を詰む。フリーランスエンジニアの経歴を挟み、パーソルキャリアへ入社。エキスパート、マネジャーと管理職を歴任。現在は退職。

早坂 悠

早坂 悠 Haruka Hayasaka

サービス企画開発本部 サービス開発統括部 エンジニアリング部 サービスアーキテクトグループ リードエンジニア

2013年にWebエンジニアに転職。Ruby on Rails, React.jsを利用したサービス開発をフロントエンド中心に経験し、2018年7月にパーソルキャリアに入社。現在は「HR Spanner」など、Nuxt.js, Firebaseなどを利用したサービス開発に携わっている。

髙澤 竜司

髙澤 竜司 Ryuji Takazawa

サービス企画開発本部 サービス開発統括部 UXデザイン第2グループ シニアデザイナー

デザイン事務所、ベンチャー企業などでUXUIデザイン及びディレクションなどに従事。2018年にパーソルキャリアに参画後は、新規サービス開発部署の立ち上げから組織作りに携わり、Web全般のデザイン業務以外に、組織開発という形でも従事している。

※2020年3月現在の情報です。