転職支援サービスの品質をさらに高める、音声データ活用の試み――苦労の果てに見えてきた光

音声活用

パーソルキャリアのキャリアアドバイザー(以下、CA)とdoda会員の転職希望者との間で、日々行われているキャリアカウンセリングや、面接対策のロールプレイング。転職理由やこれからのキャリアプラン、次の職場に求めることなど、両者の間ではたくさんの情報と言葉のやりとりが行われていますが、そこでの会話には、CAのノウハウが凝縮されています。

現在、デジタルテクノロジー統括部では、CAと転職希望者との会話音声をテキストデータ化し、転職支援サービス向上に役立てるプロジェクトを推進しています。第一弾として、CAの育成やサービス向上のために、音声活用システム開発プロジェクトをスタートしました。今回は、責任者の橋本、エンジニアの納富、アナリティクスを担当するY・Nの3人に話を聞きました。

※Y・Nは本人希望によりイラストでの出演。

※組織名称は2019年12月時点

転職支援サービスの質を上げる鍵は、面談ノウハウの共有にあり

――デジタルテクノロジー統括部で推進している、音声活用システム開発プロジェクトとは、そもそも、どういった背景で立ち上のでしょうか?

橋本:転職サービスdodaでは、転職希望者にあった求人を紹介するため、CAによるキャリアカウンセリング(以下、面談)を行っています(※)。CAは面談内で「転職希望者の不安や悩み」を引き出すことが最も重要な仕事の一つです。その引き出すためのノウハウを可視化して、共有知とすることがプロジェクトの大きな目的でした。

また、面談で伺った転職理由や希望職種などの情報を、メモをもとに社内のデータベースである「ARCS(アークス)」 へ手入力していくんですが、これが非常に時間のかかる作業で。慣れないCAだと、1人あたり数時間かかるんです。これが面談した人数分必要になるので、入力するだけの作業が業務のなかでも大きな割合を占めてしまっていました。
※キャリアカウンセリングは、求人の状況や、ご経歴などを総合的に判断したうえで、ご案内いたします。

橋本久

▲テクノロジー本部 デジタルテクノロジー統括部 データ&テクノロジービジネス部 ビジネスグループ シニア 橋本久

――「面談内のノウハウ」とは、具体的にどのようなものなんですか?

橋本:転職希望者との面談は、転職理由や希望職種を伺いながら、本人も気づいていないような将来に対するイメージや、仕事の価値観を明確にしていくための、とても大切な場面です。転職の可能性をさらに広げていくためには、この場で転職希望者の方の言葉や思いを、CAがきちんと引き出さなければいけないんですよ。

そのためには、どの場面でどういった質問を投げかけるのか、どうすれば相手の気持ちをより深堀りできるのか――といった、良いヒアリングを行うためのポイントがあるんです。

例えば、面談の一環として「面接対策のロールプレイング」を行うんですが、そこでよく課題になるのが「転職理由と志望理由の違い」です。前者は「今の会社を辞めたい理由」で、後者は「新しい会社に入りたい理由」を意味していて、その違いを理解しているかどうかで面接の結果が大きく変わってくるんですよ。

――転職理由と志望理由……。そういった細かい部分を深く理解できているかどうかで、面接時の受け答えの精度に差が出るんですね。

橋本:そうなんです。どう説明すれば転職希望者に理解してもらえて、実際の面接で的確な受け答えができるようになるのか。

こういったことを転職希望者にきちんと指導するのもCAの役割です。だけど、面談はクローズドな場で行われているので、CA同士でのノウハウのシェアが難しいんです。そのため、一人ひとりのCAが感覚的に会得したり、先輩から後輩へ口頭で伝えたりするしかなく、「こうすれば良い」と明確に説明できるような、具体的なノウハウとして社内で周知できていませんでした。

これが、新人CAが良い面談のやり方を学ぶ上での大きな壁になっているんです。そのために、CAが日常的に使用しているスキルやノウハウをなんとかして可視化して、dodaのサービス向上に活用できないか、と。それが、このプロジェクトの出発点です。

音声活用

前代未聞のプロジェクトに、スペシャリストチームで立ち向かう

――プロジェクトがスタートして、納富さんは、どのような役割で関わってきたのでしょうか?

納富:私は、このプロジェクトの詳細設計を作るところから声をかけられました。

私の役割は、開発をお願いしていた外部ベンダーとのやりとりと、パーソルキャリアのセキュリティを含めたルール確認しながら、どのように進めるかを検討することでした。人材紹介事業を生業にしている以上、機微情報も扱うため厚生労働省や個人情報保護法が定めているセキュリティ基準よりも、さらに高いレベルでルールを定めています。十分な機能を実装したくても、パーソルキャリアの既存のセキュリティルールでは、思い描いている状態を実現することが難しくて。

テクノロジー本部 デジタルテクノロジー統括部 データ&テクノロジーソリューション部 エンジニアリンググループ マネジャー 納富テイ子

▲テクノロジー本部 デジタルテクノロジー統括部 データ&テクノロジーソリューション部 エンジニアリンググループ マネジャー 納富テイ子

——具体的に、どのような部分が難しかったんですか?

橋本:基本的には営業が主体の会社なので、テクノロジーにまつわるルールがセキュリティ基準も含めてブラッシュアップされていなかったんです。

弊社の場合、これまではオンプレミスでの運用~管理がほとんどでしたので、クラウド環境下での取り組みは、ほぼ事例がありませんでした。ただ今回のケースでは、すべての面談をテキストデータ化して、その膨大な量のデータ分析を行うために、システムの運用から保存したデータの管理まで全てを自社運用サーバーではなく、クラウド環境下で行うべきだと考えたんです 。 今の時代の流れとして、スケーラビリティの高さや堅牢なセキュリティ基準を実現したいと思ってました。これを乗り越えるために、納富さんがとてもがんばってくれたんです。

納富:いろいろと頭をひねった結果、セキュリティ基準は満たしたうえで、新しいルールを設けることで解決しました。

パーソルキャリアは、取引している法人から転職希望者などの個人のものまで膨大な情報を管理しているので、たくさんのセキュリティルールが定められています。これは言うまでもなく重要なルールなので、パーソルキャリアでもほとんどはそのルールに則ってサービスが提供されています。

ルール一つひとつの意図や目的までさかのぼって考えると、どう対応すればセキュリティ基準は十分に守りつつ、新しく開発するシステムが求めているものを達成できるのかが見えてきます。その上で、どうしてもクリアが難しい部分は、他の切り口からセキュリティ管理者に提案し、解決しました。

——ルールと向き合いながら、とても細かな調整をされたんですね。その後はどのように開発が進められたんでしょうか?

橋本:実現可能かどうかの検証が済んだのが、2018年10月頃だったと思います。きちんとしたものが作れそうだと判断して、ようやく本格的にシステム開発に着手したという感じですね。

——ビジネス担当の橋本さんとエンジニア担当の納富さんは、どのように連携を取っているんですか?

橋本:自分はプロダクトオーナーの立場にあたるのですが、実際のところシステムに詳しいわけではないんです。なので、エンジニアの技術や知見が必要な部分の判断は、ほぼ納富さんに任せているんですよ。

納富:完成形のイメージはきちんと共有できているので、そこまで大きな苦労はないのですが、細かなコミュニケーションはたくさん行いましたよね。橋本さんからのお願いでも、意図や目的が読めないものに関しては、「これで何がやりたいんですか?」とか「これって本当に必要ですか?」と投げかけて(笑)。

——では、Y・Nさんはどのようにしてこのプロジェクトに関わっているんですか?

Y・N:僕は、システムがある程度できあがりそうなタイミングで橋本さんから声をかけられました。テキストデータは収集できるようになってきたけど、それを使ったデータ分析や活用方法をより具体的に考えるようになった時期ですね。

テクノロジー本部 デジタルテクノロジー統括部 データ&テクノロジーソリューション部 アナリティクスグループ アナリストY・N

▲テクノロジー本部 デジタルテクノロジー統括部 データ&テクノロジーソリューション部 アナリティクスグループ アナリストY・N

——実際にプロジェクトやシステムの目的について聞いたときの第一印象はどうでしたか?

Y・N:「音声のテキストデータ活用って、まだ技術的に難しいんじゃない?」というのが正直なところでしたね(笑)。そもそも会話文は文書と比べてとても複雑で曖昧なんです。それに現状の機械では完璧な音声認識が難しくて、誤字脱字が多数含まれてしまいます。なので、まだ活用できるレベルに到達していないのでは……と思ったんです。実際、まだまだ実験途中な部分も多くて、精度を上げていくために試行錯誤している状況ですね。

発展途上の課題のなかでも光る、音声活用の効力

——開発を進めている音声活用システムは、現在どのように使われているんでしょうか?

橋本:まだCAの中でも、一部の部署に絞って試験的に導入している段階ですね。

実装されている機能は、「発話内容のテキスト化」機能と、転職希望者とCAとの声を聞き分ける「話者分離(※)」の2つ。今後は、その2つの精度を上げていくと同時に、テキストのなかで重要だと思われる内容を自動的にピックアップさせる機能の追加を行っていく予定です。「志望理由は――」といった、肝になる部分を抽出してマーキングができれば、面談内容を後から再チェックするのがスムーズになるはずです。


※話者分離=「CA」」と「転職希望者」の内容をただ録音するだけでは、どちらが話した内容なのかを機械で判別ができません。そこで機能として話者を聞き分けるシステムを組み込んだもの。

音声活用n

Y・N:自動テキスト化の精度も、今は単語レベルで70%程度まで上がりました。なかなかの精度にはなったものの、このテキストをそのままデータ分析にかけるにはまだ足りなくて。システムで書き起こしたテキストを、誤字脱字のない、きちんと意味の通った文書に整えなければならないんです。これを手直しするとなると、1.5時間の面談につき約5時間程度かかってしまって……。まだまだ十分にCAのノウハウを分析して可視化できるほどのデータを集められていない、というのが現状なんですよね。

音声活用

橋本:本来、CAを中心に人が手をかけるべきところに時間を使ってもらうことを目的としたプロジェクトなので、当然のことながら、最終的には社内全体でこのシステムを使ってもらえるようにしなければならないんです。

他にも、面談にあたって録音用のスマートスピーカーが設置された部屋をわざわざ選んで予約したり、面談前にスピーカーの設定をしたり……と、今のままだと、ただでさえ忙しいCAの業務に、新たな作業を増やしてしまう状況です。なので、これから必要になってくるのが「普段のオペレーションの中でどのようにシステムを使ってもらうのか」を考えることなのかな、と。システムの改善と同時に、その使い方を考えていかなければならないと思っています。

——実際、社員からはどういう反応がありますか?

納富:システムを発表したとき、CA以外の部署からもいろいろな相談がありました。「録音データをもとに議事録の作成をしたい」という声もあって。そういった意味でも、活用方法はなかなか広いシステムなんじゃないか、と思ってます。

音声の録音には、さまざまなマイクをテストした結果、円筒状のスマートスピーカーが選ばれた

▲音声の録音には、さまざまなマイクをテストした結果、円筒状のスマートスピーカーが選ばれた

橋本:社内の会議や、CAの育成中などにも音声データを取得していれば、何かしらの問題が発生したときに、原因を早く見つけられるんですよ。教育のどこに問題があるのか、面談中にどんな話をしたのか、部署としてのオペレーションに問題があるのか――それがテキストでわかるようになっていれば、立て直しもスムーズに行くはずです。

たとえば、KPI上のどこかの数値が下がっているのをマネジャーが見たとすると、直下の部署リーダーに声をかけて、リーダーがそれぞれのメンバーにヒアリングして……と今までなら段階を追わなければならなかったことが、データでそろっていれば、どこの段階に問題があるのかが一目瞭然になります。

途方もないチャレンジを継続できる、パーソルキャリアのバックアップ

——音声活用システムの今後の展開について教えて下さい。

Y・N:テキストデータを分析すること自体はもちろん難しいですが、もしテキストデータの精度が高ければ不可能な作業ではないんです。問題は、分析にかけられる精度のテキストデータをいかに作るか、という点で。

まずは、音声のテキスト修正作業をいかに効率化させるかを考えないといけないですね。

そもそもこのプロジェクトは、CAやRA(リクルーティングアドバイザー)など、パーソルキャリアの営業部門が生み出した利益で動いているんですよ。だからこそ、最終的には社内の皆に貢献できるものを必ず作らなくてはいけないと感じています。

納富:あとは、稼働台数も増やしていきたいですね。現在、設置してあるスピーカーは2台だけなんですが、たくさんのデータを取るためにも、とりあえず10台くらいまで増やしたいと思っています。

——まずは使ってもらうための仕組み作りからなんですね。

音声活用

橋本:「使ってもらう仕組み」の他にも、「CAが自ら気づきを得るための仕組み」も必要だと思っていて。

自分の仕事について、先輩社員から「もっと、ここはこうやったほうがいいよ」と教えられても、それがすぐにできるようになるわけではないじゃないですか。言われたことの意味を考えて、試行錯誤して、自分自身で気づきを得ることによって、ようやく自分のパフォーマンスが変わってくるんだと思うんです。そういったセルフチェックのような仕組みを構築して、システムに組み込めればな、と考えていますね。

——まだまだこれからが楽しみなプロジェクトですね。最後に、ここまで開発を進めてきたなかで得た気付きや学びを教えて下さい。

納富:私はこれまで前職時代を含めて、社内システムに携わる仕事が多かったんですよ。だけど、このプロジェクトは今までにやったことがないようなとてもチャレンジングな仕事で。正解が全くわからないシステムの開発に携われて、とても楽しいです。

今後は、動画を撮影してその分析を行う機能の追加も検討中なんです。新しい技術をどんどん導入することで、キャリアアドバイザーのサービス向上につなげていきたいですね。

橋本:そもそも、どうしてこのプロジェクトをスタートさせたかというと、かつて自分が転職するときにdodaを使った経験が、とても気持ちの良いものだったからなんですよ。

そういった「良いサービス」を提供するためのノウハウを貯めて、社内で可視化させたくて。CAの面談から集めたデータを収集・分析することで、私たちが提供している転職サービスの本当の価値はどういった部分に宿っているものなのか、改めて考えるきっかけになりました。

Y・N:おそらく他のHR系の企業様を見ても、音声のテキスト分析を行っているのは珍しいと思うんですよね。チャレンジングな取り組みと言えるんですが、テキスト分析がとにかく時間と手間がかかる作業だから、他社が手を付けていないだけなのかなと。音声テキストを一文一文修正して分類していくなんて、気が狂いそうな作業ですから(笑)。

橋本:確かに(笑)。こんな手間がかかるプロジェクトを進められるのも、会社の経営陣の後押しあってこそなんです。普通だったら、「半年で結果が出ないので中止!」みたいになってしまうところかもしれないのに、じっくり時間をかけて取り組む価値があるプロジェクトとして認めてくれているんだと思います。

正直なところ、まだリターンが大きいシステムとは言えないのですが、夢があるプロジェクトです。そんなチャレンジを行えるのも、パーソルキャリアらしさなのかもしれないですね。

(文・編集=ノオト/写真=小野奈那子)

音声活用

橋本久

橋本久 Hisashi Hashimoto

テクノロジー本部 デジタルテクノロジー統括部 データ&テクノロジービジネス部 ビジネスグループ シニア

納富テイ子

井上テイ子 Teiko Inoue

テクノロジー本部 デジタルテクノロジー統括部 データ&テクノロジーソリューション部 エンジニアリンググループ マネジャー

Y・N

Y・N

テクノロジー本部 デジタルテクノロジー統括部 データ&テクノロジーソリューション部 アナリティクスグループ アナリスト

※2019年12月現在の情報です。