【ピープルアナリティクス 特別座談会】人事データ保護と利活用を――人と経営の未来を変えるピープルアナリティクスとは

【ピープルアナリティクス 特別座談会】人事データ保護と利活用を――人と経営の未来を変えるピープルアナリティクスとは

2023年4月、「事業及び社会課題を整理し、テクノロジーでサービスの付加価値を高めるプロ集団」であるデジタルテクノロジー統括部でシニアストラテジストを務める橋本と、リードストラテジストの長谷川が、一般社団法人ピープルアナリティクス&HRテクノロジー協会が提供する認定資格「人事データ保護士」を取得しました。

人事データ保護士とはどのような資格で、企業経営や人事業務においてどのような役割を果たすものなのでしょうか。そしてデータストラテジストである2人が人事データ保護士を取得した背景とは――

今回は、一般社団法人ピープルアナリティクス&HRテクノロジー協会 代表理事 長瀬 昭彦様、副代表理事 山田 隆史様をお招きし、橋本、長谷川とともにお話を伺います。

 

従業員の権利が守られた “健全な” 人事データ活用を推進するために

 

――まずは「人事データ保護士」とはどのような資格なのか、協会の立ち上げ背景や資格の概要について教えてください。

山田:私たちピープルアナリティクス&HRテクノロジー協会は、人材データを分析・可視化して人と経営の未来に活かしていく「ピープルアナリティクス」とそれを牽引する「HRテクノロジー」を、産官学で一体となって普及・推進していこうという団体です。

一般社団法人ピープルアナリティクス&HRテクノロジー協会 副代表理事 山田 隆史 様

一般社団法人ピープルアナリティクス&HRテクノロジー協会 副代表理事 山田 隆史 様

活動における考え方として、単にこれらを普及・推進するだけでなく、“健全に” 発展させていくことが重要であると捉えています。例えばプライバシーの保護をはじめとしたさまざまな観点に配慮し、従業員の権利を阻害することなく、人や組織の未来をよりよくするためのデータ活用が進められてほしい、というものです。

こうした考えに立ち、人事データ活用のあるべき姿として当協会で定めたのが「データ利活用原則」です。そしてこの原則をもとに、人事データに関する基礎的な法律の知識を備え、公正で “従業員のためになる” データ活用ができる方を育成するために、「人事データ保護士」の資格制度を立ち上げました。

 

――人事データ活用の重要性は年々増してきているように感じられますが、お2人の視点から、国内動向はどのように見えていますか?

山田:大きな流れとして、働き方改革やテクノロジーの発展、各企業におけるDXの推進、人的資本情報の開示……といったさまざまなテーマが複合的に絡み合い、現在進行形で人事データ活用に取り組まれている企業が多い印象です。

 

長瀬:協会で実施したアンケートからは「上場企業の多くが、何らかの形で人事データを経営に活かしていく活動を進めている」との結果が得られています。協会を立ち上げて4年で会員数も200社ほどにまで増えており、これらをふまえてもやはり大きなニーズのある分野だと考えられますね。

一般社団法人ピープルアナリティクス&HRテクノロジー協会 代表理事 長瀬 昭彦 様

一般社団法人ピープルアナリティクス&HRテクノロジー協会 代表理事 長瀬 昭彦 様

また2018年の協会立ち上げ以前から、多くの企業が研究会に参加される様子にこの分野のニーズの大きさは肌で感じていましたが、昨今ではそこから一巡して「取り組み始めたもののあまり上手く活用できていない」「もっと深く知りたい」と先進的な企業が協会に加入されるケースも増えてきています。

 

――経営における人事データ活用の重要性が、広く認識されてきているのですね。

山田:そうですね。昨今では「上手く人事データを活用して最適なマッチングを実現できた」「従業員のエンゲージメントが高まり、退職者が減った」といった先進的な企業での成功例も数多く出てきていますから。経営や従業員の働き方、満足度まで含めて “企業が良くなる” ための強力なツールであるということが、浸透してきているのだと思います。

 

――そうした状況の中、どのような方々が「人事データ保護士」の取得を目指されているのでしょうか?

長瀬:各企業の人事担当者の方々と、ベンダーやコンサルタントなど顧客企業の人事データを扱いながらサービスを提供される方々が大体半数ずつで、多いところでは数十人で取得される企業もあります。

利活用原則を参照するだけでなくより深く学んでいただき、何かあった際に周りの仲間を指導できるような方が増えることで、自社での人事データ活用だけでなく、他社へのサービス提供においても “健全さ” に対する考えが広まっていけばありがたいですね。

 

異なる立場の仲間とともにプロジェクトを進める中で、“共通認識” として持っておくべき視点と知識

 

――ここからはパーソルキャリアの橋本さん、長谷川さんを交えてお話を伺っていきます。お2人はどのような経緯や思いで「人事データ保護士」の資格を取得したのですか?

橋本:2年ほど前からパーソルキャリアはピープルアナリティクス&HRテクノロジー協会へ加入しており、協会からの情報発信で資格制度を知りました。

この時がちょうど、社内で人事データを集約して「人事データ基盤」を整備するというプロジェクトにアサインされたタイミングでもあったことから、データ利活用を推進する立場として知識を身につけておいた方がよいだろうと、取得を目指すことにしたのです。

デジタルテクノロジー統括部 シニアストラテジスト 橋本 久

デジタルテクノロジー統括部 シニアストラテジスト 橋本 久

これまでの経験から「データから分かることだけに拠る判断がいかに危険か」を実感していましたし、特に人事データは従業員個人やその人生に大きく関わるものですから、正しい扱い方と活用を取り巻く危険性を正しく理解したい、という思いが強くありました。

 

――長谷川さんはいかがですか?

長谷川:普段の業務において人事の方々と対話しながらビジネスの企画を進めていく中で、人事データを活用する上での問題点や、それに対する適切な考え方をこちらが把握しておかなければ、ミスリードしてしまいかねないと感じていました。こうした危機感から、橋本さんが取得されたことを機に知ったこの資格について、自分も取得を目指そうと決めました。

デジタルテクノロジー統括部 デジタルビジネス部 ビジネスグループ リードストラテジスト 長谷川 智彦

デジタルテクノロジー統括部 デジタルビジネス部 ビジネスグループ リードストラテジスト 長谷川 智彦

また世界で起きているAIやデータ活用をめぐる議論の波が、日本へ、そしてパーソルキャリアへ来た際には、私たちがその議論や取り組みを率いていかなければいけませんから、そのためにも前提知識をつけたいという思いもあったなと振り返ります。

 

山田:お2人のおっしゃる通り、お預かりしたデータの目的外利用や公正でないAIモデルの構築などをはじめ、データ活用を進める中で “健全さ” が失われてしまうという課題や懸念は常にあり、実際にそういった事例も生まれてしまっています。従業員にとっての幸福やメリットが損なわれないように、正しい知識の習得などのアプローチはやはり重要です。

 

――そういった課題に対し、企業としてはどのように向き合っていくべきだとお考えですか?

長瀬:社内のプライバシーポリシーやセキュリティポリシーに則った活用を推進することがまず一つ挙げられます。またデータの取り扱いにおいてしてはいけないことは法律やガイドラインに定められていますから、その内容を正しく把握することが重要です。世の中の変化に伴って法律なども変わっていくため、常に情報をキャッチしアップデートしていくことが求められるでしょう。

 

――そうした取り組みにおいて、人事データ保護士にはどのような役割を担うことが期待されるのでしょうか。

【ピープルアナリティクス 特別座談会】人事データ保護と利活用を――人と経営の未来を変えるピープルアナリティクスとは

山田:法律やガイドラインについて基礎知識として理解し、また最新の情報に対してアンテナを張ることも重要ですが、それだけでなく基本的な心得や考え方についてしっかりと理解し、それに則った推進をしていただきたいです。

 

そのために、データ利活用原則には次のような普遍的なマインドについての内容も含めています。

  • AIに全ての意思決定を行わせず、人間が中心となって判断していこう(人間関与原則)
  • 事業者側と従業員側の双方にメリットを提供できる形でデータを活用しよう(データ利活用による効用最大化の原則)

ルールや原則だけでなく、こうしたマインドの部分までカバーできるのが、人事データ保護士という人が介在することの意義なのかなと思います。

 

橋本:人間がしっかりと関与して判断や仕組みづくりをしていく、という点は、私自身人事データ保護士の資格を取得したことでより気をつけるようになりました。

例えばAIモデルによる推論の結果をそのまま判断に繋げるのではなく、「どのような情報からこう判断されたのか」「このモデルをどのように有効活用できそうか」を人事の方々にも認識いただき、その上で検討、判断してもらう形でプロジェクトを進めています。

 

長谷川:私も、資格を取得したことによるプロジェクトの進め方の変化を実感しています。特に大きいのは本人の同意についてで、施策を進める上で「データ取得時に同意を得るべきか、また利用目的を説明すべきか」「本人に説明した利用目的通りにデータが活用されているか」などを加味して多角的に考えられるようになりました。

 

橋本:たとえ「従業員にとってメリットがある」と思えていたとしても、“際限なくデータを利活用すること” に重きが置かれれば、個人が不利益を被ってしまう可能性は多分にありますからね。データ活用の適切なあり方や危険性を知れたことは大きかったなと思います。

 

――お2人とも、資格取得の意義や成果を実感しているのですね。

 

橋本:はい。人事データ活用に関わるメンバー全員が取得してよい資格なのではないかなと感じています。センシティブな情報を扱うからこそ、ビジネスを設計する人もデータを分析する人も、共通認識として持っておく必要があるのかなと。

【ピープルアナリティクス 特別座談会】人事データ保護と利活用を――人と経営の未来を変えるピープルアナリティクスとは

長谷川:そうですね。それぞれの立場によって、人事データ活用における命題が異なるんですよね。例えばデータサイエンティストにとっては「素晴らしいロジックを作る」「データをさまざまな形で活用する」ことが、ビジネスをマネージする層にとっては「ビジネスをうまく回し数字を良化する」ことが重要です。

ただロジックが正しければ従業員全員が幸せになるとは限りませんし、数字では見えない倫理問題を蔑ろにしていい訳ではありませんから。そういった視点の偏りをなくすためにも、各立場の人に持っていてほしい知識であり視点かなと感じます。

 

橋本:知識を備えて正しいデータの取り扱いができる人たちが活用に取り組むことで、「データの提供者が不利益を被らない形でデータを扱っている」という観点から、従業員の安心やロイヤリティにも、ブランドに対する社会的な信頼にも貢献できそうです。

 

“企業と個人の双方にとってメリットのある人事データ活用” を目指して

 

――貴重なお話をありがとうございました。それでは最後に、今後の展望やチャレンジしたいことについてお聞かせください。

山田:テクノロジーやデータはどんどん発展して活用しやすくなり、また昨今 “データの民主化” のような動きも見られており、これからピープルアナリティクスは当たり前のものになっていくのだろうと捉えています。

その普及の過程において、健全な形で企業や社会がより良くなっていくように、最低限知っておくべきことについての情報発信をはじめとした取り組みを続けていければと思います。

【ピープルアナリティクス 特別座談会】人事データ保護と利活用を――人と経営の未来を変えるピープルアナリティクスとは

長瀬:世界に目を向けると、ピープルアナリティクスはさまざまな場所で “学問” として研究がなされるテーマになっています。日本ではまだそういった研究が進んでいないため、今後はアカデミアの方面にも活動を広げていきたいと思います。

 

――パーソルキャリアのお2人からも、お願いいたします。

橋本:ピープルアナリティクス&HRテクノロジー協会から発信される情報を適切に受け取り、社内でガイドライン化やアップデートを続けていきたいと思っています。

その上で、“企業と個人の双方にとってメリットのあるアナリティクス” を目指し、守るべきところは守り、攻めるべきところは攻める、そんな人事データ活用を推進していきたいですね。

またこういった取り組みをより発展させていくためにも、社内で「人事データ保護士」の資格取得者が増えていけば嬉しいなと思います。

【ピープルアナリティクス 特別座談会】人事データ保護と利活用を――人と経営の未来を変えるピープルアナリティクスとは

長谷川:このような取り組みにおいては、草の根活動によって “いかに自分たちと同じ視点を持った仲間を増やすか” が重要になると考えています。

ちょうど今年の下半期から、人事のメンバー20名ほどに対してデータ活用にまつわる育成プログラムを実施する役割をいただいているため、まずはこの方々に「データ利活用原則」を中心とした視点を押さえていただいて。ゆくゆくは “人事メンバー全員で同じ視点を共有できている” 状態を目指していければと思います。

 

――本日は、ありがとうございました!

 

(取材=伊藤秋廣(エーアイプロダクション)/文=永田遥奈/撮影=古宮こうき)

 

一般社団法人ピープルアナリティクス&HRテクノロジー協会 代表理事 長瀬 昭彦 様

長瀬 昭彦 Akihiko Nagase

株式会社WARK 代表取締役

1997年株式会社WARKを創業。eラーニングコンテンツ制作、学習管理システムの提供、コンテンツの内製化支援/コンサルティングを主軸に教育事業を展開する。

2013年、某大学院内でのHRテクノロジーに関する研究会の立ち上げに参画し、その活動の中でベン・ウェイバー氏(MITメディアラボ)の「職場の人間科学」という本に出会い「ピープルアナリティクス」を知る。その後、自身の強い興味から「ピープルアナリティクス」とそれを牽引する「HRテクノロジー」を日本に普及させようと思い立ち一般社団法人を有志で設立。現在は従来の教育事業とピープルアナリティクスの普及・推進活動の二足の草鞋で日夜奮闘中です。

(一社)ピープルアナリティクス&HRテクノロジー協会代表理事/NPOデジタルラーニングコンソーシアム理事
(一社) ラーニングイノベーションコンソーシアム副代表理事/慶應義塾大学SDM研究所研究員
ISO/TC260(ヒューマンリソースマネジメント)国内審議委員

 

一般社団法人ピープルアナリティクス&HRテクノロジー協会 副代表理事 山田 隆史 様

山田 隆史 Takafumi Yamada

スターツリー株式会社 代表取締役

大学卒業後、IT企業を経て慶應義塾大学大学院経営管理研究科(KBS)でHRアナリティクスなどを研究。2015年スターツリー株式会社を創業。2018年株式会社Bloomを共同創業。一般社団法人ピープルアナリティクス& HR テクノロジー協会 副代表理事、早稲田大学組織経済実証研究所 招聘研究員(大湾秀雄研究室)も務める。

 

デジタルテクノロジー統括部 シニアストラテジスト 橋本 久

橋本 久 Hisashi Hashimoto

デジタルテクノロジー統括部 シニアストラテジスト

大学院卒業後、大手コールセンターのアウトソーサーに入社、様々な業種のコールセンターに蓄積されるデータの利活用プロジェクトを手がける。その後、本格的にビッグデータをビジネスで活用するシステムインテグレータの会社に転職。主にGoogleCloudPlaltformを軸としたソリューションの企画設計と業務改善を担当。

 

デジタルテクノロジー統括部 デジタルビジネス部 ビジネスグループ リードストラテジスト 長谷川 智彦

長谷川 智彦 Tomohiko Hasegawa

デジタルテクノロジー統括部 デジタルビジネス部 ビジネスグループ リードストラテジスト

2020年にパーソルキャリアに新卒で入社。自身でもデータ分析を行いつつ、社内でのデータ活用の企画立案やPMに従事。現在は人事領域でのデータ活用を進めるためにBI開発やデータ分析PJTを進めつつ、社内でのデータ活用リテラシー向上のための勉強会を開いている。

※2023年8月現在の情報です。