栃木県茂木町(もてぎまち)では、活力あるまちづくりを推進するため、雇用や観光、子育て、教育などをテーマにさまざまな取り組みを行っています。
取り組みテーマの一つである「教育」において、株式会社Prima Pinguino(以下、プリマペンギーノ社)が手掛ける「高校魅力化プロジェクト」を2021年に導入した茂木町。栃木県立茂木高校に開校した無料の公営塾「ゆずも塾~VIVAもてぎ~」では、教科学習はもちろん、地域と連携した学びを通じて高校生が自らの進路について考え、つかみ取るための学習をも支援しています。
パーソルキャリアでは、「キャリアオーナーシップを育む社会を創造する」というメッセージのもと、転職はもとより“はたらく”を考えるすべての人が、自分の可能性を信じ、自ら選択・行動できるような社会を創っていきたいと考えています。
そこで、前回は公営塾の探究学習にて、パーソルキャリアのメンバー2名による「データサイエンティストの仕事紹介」と「身近な商品を用いたデータ分析」について、オンライン講義を実施しました。
前回の記事が多くの反響をいただいたことを受け、今回はプリマペンギーノ代表取締役 藤岡様、管理部部長 小野様、県立茂木高校 公営塾スタッフの大星(おおぼし)様をお招きし、座談会を開催。学校教育や地域から見た「はたらく」や「キャリア」についての課題や考え方について、お話を伺います。
聞き手は、若年者の雇用課題について精通する、パーソルキャリアの太野です。
※撮影時のみマスクを外しています。
探究学習を通して “自分の言葉” で進路を選択できるようなってほしい
――まずは、藤岡様よりプリマペンギーノ社の概要を改めてご紹介いただけますでしょうか。
藤岡:プリマペンギーノは、“探究” を通じた学びを進路実現やキャリア教育に接続していこうと2006年に設立した会社です。“地域活性化 × 教育” と “探究を通じた進路実現” の二つを柱に、離島中山間における教育による地域活性化や人材育成(高校魅力化プロジェクト)や推薦・AO入試(現:学校推薦・総合型選抜)の対策支援などの事業を展開してきました。
2009年、島根県立隠岐島前高校魅力化プロジェクトに参画したことをきっかけに、今では全国各地で高校魅力化プロジェクトの支援を行わせていただくようになりました。その後さまざまな教育・行政機関からご相談をいただき、PBL(Project-Based Learning)やSTEAM教育などのテーマ、小中学校・大学・自治体向けの研修なども幅広く手がけています。
今回高校魅力化プロジェクトを栃木県茂木町で導入いただき、栃木県立茂木高校への公営塾設立をはじめとした支援をさせていただくご縁が生まれました。本日は代表取締役である私と、当社のさまざまな構想を社会実装につなげる役割を担う小野の2名での参加となります。よろしくお願いいたします。
――ありがとうございます。お話にあがりました公営塾「ゆずも塾~VIVAもてぎ~」について、大星様からご紹介をお願いいたします。
大星:「ゆずも塾~VIVAもてぎ~」は、大学・専門学校への進学や就職といった生徒それぞれの進路実現に向け、茂木高校の校内を拠点として、主に学習支援と探究活動支援を行うべく開校された公営塾です。
具体的な活動としては、学習支援では生徒が持ってきた宿題や授業準備などの取り組みのサポートを、探究活動支援では地域を舞台にしたフィールドワークや、社会との連携をテーマにしたゼミ活動の実施・サポートなどを行っています。
私はそんな公営塾で、英語の学習支援と、探究活動における企画づくりや実施前の段取り〜実際の活動まで全般のサポートを担当しています。本日はよろしくお願いいたします。
――ここからは、公営塾の探究学習において実施されたパーソルキャリアのメンバーによるオンライン講義について伺っていきたいと思います。まず、このような探究学習の目的や狙いからお聞かせいただけますか。
藤岡:「こういうことがしたい・学びたいからこの大学に行きたい」と自分の言葉で自分の進路を選択できるようになってもらいたい、というのが探究学習のスタートです。
高校の3年間インプットのみをやってきて、進路選択のタイミングで突然自分の言葉で語るのは難しいものです。選択肢がどれだけたくさんあっても、自分の言葉や価値観、つまり “選択軸” がなければ選ぶということはできませんから。探究学習を通してさまざまな考えが膨らみ精査されていく中で、選択軸を見つけて言語化してもらうことを狙いとしています。
――そのような目的とのもと行われる探究学習において、今回オンライン講義が実施された背景を教えてください。
大星:探究学習として、茂木町内の道の駅の売上増加を目指して商品の販促POPを作成し、マーケティングを体験する活動を実施したことが発端です。
この活動で作成したPOPによってどのような効果が生まれたのかを検証するために、“データサイエンティストの仕事について知り・身近なところで行われているデータ分析に興味を持ってもらうこと” をテーマに講義をしていただきました。
太野:高校時代に “はたらく” ということのイメージが全くつかなかった、そして会社に入ってビジネスの面白さを知り「もっと早く教えて欲しかった!」と思った……そんな自分自身の経験を思い出しながら、過去の自分に語りかける気持ちでお話をさせていただきました。
――POP作成〜効果検証の活動を通して生まれた変化や、生徒の皆さんからのお声などはありましたか?
大星:道の駅の方にインタビューをして商品のことを知り、実際にPOPを作って設置させていただき、結果が出る、という一連の活動の振り返りをしている中で、全体的に「楽しかった」という声があがったのが印象的でした。
何が楽しかったのかというと、地域の方々や他学年の生徒などさまざまな方と関われたことだと。特に、学年の違う、この活動に参加しなければ出会わなかった仲間と交流し、真剣に話し合いながら活動できたことが生徒の中では大きかったようです。
感じる変化としては、まずは、意見を求めた際の生徒からの反応が挙げられます。活動がスタートした当初と比べてみると、一人ひとりが自分の意見を表現するようになった印象です。
また初めはPOPを書き出そうにも白い紙を前に手を動かせないという生徒が多かったのですが、1年間の活動を経て、“〇〇してみる” が増えたように思います。振り返りのレポートを書くときには、まずは一度書いてみて仲間に意見を求め、足りないところを直すというような動きがみられるようになり、成長を感じましたね。
――1年間の活動でそれほどの変化が生まれるのですね。芽が出るのが非常に早いなという印象です。
藤岡:そうですね。そのわけは、“ 自立している・自立しようとしているコミュニティで人は育つから” です。
「自立的な人材をどう育成するか」という議論が長い間なされていますが、個人を教育することで自立性を促すのはなかなか難しいものです。
今回はそうではなく、地域の方々=自立された大人の方々と関わって活動したり、高校生が自分たちで方法や効果を考えようとしたり。そういった自立している・自立しようとしているコミュニティの中でお互いに影響を与え合ったことが大きかったのでしょう。「自立しなさい」という教育ではできないことを、コミュニティを作ることで達成しているのだと思います。この思想はトクヴィル主義と言われ、欧米での政策のバックボーンにもなっています。
――この活動を通しての、大星さん、太野さんのご感想をお聞かせください。
大星:1年間生徒たちと定期的に顔を合わせて密な関係を築きながら活動してきたため、生徒たちに変化が生まれたことがまずはすごく嬉しいです。
また最近では、生徒たちが受験勉強など、希望する進路を実現するために必要なことに取り組み出している様子がみられているんです。
農業系に興味がある生徒は “道の駅の野菜の販促に関わる” こと、まちづくりに興味がある生徒は “町を知って発信する” ことなど、それぞれに目的意識を持って参加してくれていましたが……実際に活動する中で「やっぱりこの道に進みたい」と、元々描いていた進路のイメージを自分のものにしてくれたのかなと。そんな様子をみて、この活動ができて本当によかったなと感じています。
太野:POPを作る前の段階で生徒の皆さんからお話を聞く中で、POPのデザインの方に興味が集中していることを感じており、「目的は素敵なPOPを作ることではなく、行動変容を引き起こすことだ」とお伝えしていたのです。
実際に出来上がったものを拝見し、また効果測定の講義を通してPOP設置の成果があがったことを知り、「世の中にあるものの見えやすい部分、美しい部分の奥底には、目的のために人を動かそうとする力がある」ということを皆さんが感じ取ってくださったのだなと、強く感じました。
本日大星さんから生徒の皆さんの変化について伺って、「仕事をして世の中を動かせた」という成功体験が “生きること” と繋がってくれたのかなととても嬉しく思っています。今回お声がけいただけて、私にも非常に勉強になり、またよい経験になりました。
一人ひとりが自分らしく “はたらく” ことを自分自身で選択するために
――後半は “学校教育から見る、キャリアの選び方とその課題” をテーマに皆さんのお考えをお聞かせください。一人ひとりが自分らしく “はたらく” ことを自分自身で選択するために、どのようなカリキュラムや機会を提供する必要があるのでしょうか。
藤岡:おそらくカリキュラムに正解はなく、十人十色で模索しながらやっていくことが求められるのだと思います。
それよりも大切なのは環境であり、そしてその環境づくりのカギは “大人の構え” なのではないでしょうか。大人が思考停止せず、コミュニケーションをやめないこと。
一人ひとりの思いを受け止めて考え、議論を尽くせるような空間があることが非常に重要であり、カリキュラムはあくまでその環境づくりの一部分でしかないのかなと思っています。
太野:確かに環境は重要だと私も思います。探究学習がいわゆる “教科書的な” 学びにならないのは、おそらく自分で考えて自分で課題化し、それを自分で反芻して次のステージに上げる、という環境や仕組み、材料が自然と整えられているからなのでしょう。
そういった、“振り返りを通じて自分の中で自分を耕す” という経験を繰り返していくことで、探究学習におけるコミュニティでの学びが自分ゴト化されていくのかなと。それができたからこそ、今回生徒の皆さんの短期間での変化が生まれたのかなと思います。
小野:環境づくりの一部であるカリキュラムをどう工夫するかという観点では、やはり “自分軸をどのように見出すか” という視点で考えていくことが私たちの仕事かなと思っています。
さまざまなやり方があるとは思いますが、一つ有効だと思えるものとして “好きの因数分解” をご紹介します。例えば「野球と料理が好き」なのなら、そのまま野球選手や料理家を目指すのも素敵なことですが、ここで「野球の何が好きなのか」「料理の何が好きなのか」を分解して。そこから「戦略を立てて実行するのが好き」といった共通項を見出せれば、それはそのまま、自分らしい進路やはたらき方を選ぶことにも活かせるはずです。
そういった皆さんが自分を見出すための細かなカリキュラム・プログラムづくりには、これからも注力して取り組んでいきたいと思います。
大星:また実際に活動を進める中でアイディアが生まれることもあると、今回実感しました。実は、今回探究学習に取り組むにあたって、生徒の意見から活動をスタートしたいなと思っていましたが、なかなか生徒発信で企画をするのは難しくて。最終的に私の意見からPOPを作る企画がスタートしました。
ですが、その後活動を進める中で「道の駅を盛り上げるためのチームを塾内に常設すれば、毎年継続的に取り組みができて面白いのでは」といった新しいアイディアが生徒から出てくるようになったのです。そういった、活動に取り組んだからこそ生まれた声をカリキュラムに反映していくことにも、可能性があるのかなと思います。
――そのような環境、カリキュラム・仕組みをつくっていくにあたり、探究学習に対する地域や学校からの理解も重要かと思いますが、そのためにどのようなアプローチやメッセージングが求められるとお考えですか?
小野:そうですね。今では探究学習が全高校の必修科目になりましたが(補足:2022年の高校学習指導要領改定に伴い必修科目となった)、その変化の過程では、「探究の時間をどう設計すれば生徒の成長につながるのか」など先生方の戸惑いのお声も受け止めてきました。
やはり「生徒の皆さん、地域の子供たちが “自分のやりたいことを見出して進路を選択し、実現していく” ための手段やツールとして、教科学習があり探究学習がある」ということをお伝えしていくことが重要なのかなと思っています。
藤岡:教科学習と探究学習は二項対立で語られることが多いものですが、実は根底は同じものなんですよね。
問いを立てて情報を収集し、整理・分析し、まとめて振り返り、そしてまた問いを立てる……そんな一連の過程を通して、目の前にある一つひとつの情報がつながって自分なりの “知識” になり、その知識をもとに新たな仮説が立てられるようになり、仮説の検証がうまくいけばそれが使える “知恵” になると。
これは探究学習の一つの流れでありつつ、教科学習でも本来先生方の授業を通して行われていたことなのです。ですが、受験に向けて暗記を重視する教育によって、根本は同じであるはずの教科学習と探究学習が分離してしまい、学校の先生方も苦しんでいらっしゃるのかなと思います。
――教育を取り巻く社会の変化や公営塾をはじめとしたプリマペンギーノ社の取り組みをふまえ、そういった教育のあり方、教科学習と探究学習の分離という課題がこれから変わっていきそうですね。
藤岡:そうですね。大学も最近では入試の改革を進めており、スマートフォン持込み可で調べて考えさせるような面白い入試も生まれはじめていますから、それは希望の萌芽だなと思っています。
探究学習については、2009年 隠岐島前高校の高校魅力化プロジェクトに参画した頃にはどの学校でも行われていなかったところから、だんだんと広がって今や必修になって。先生方も困っているのが現状なので、これからも支援を続けていきたいところです。
そしてもう一つ変えていきたいのは、“社会で求められる力” という考え方です。今の社会が完璧な訳ではありませんし、では10年後、20年後に社会がどうなっているかは誰にもわかりませんから。社会に求められる力をバックキャスティングで見出すのではなく、“社会をつくっていく力” を身につけてもらうことを目指していきたいと思うのです。
人は “自分の言葉” で語り始めれば自ら動き始め、まず自分の周囲を変える。そしてそれがどんどん広がっていけば、未来も変わっていく……その過程で辛いことがあったとしても、“自分の言葉” で決断していれば、不安は感じたとしても不満を感じることはありませんから、なんとか解決しようとしてその過程で成長していけるはずです。
そういった “自分の言葉” で選択して一歩踏み出し、失敗しながらも未来をつくっていく力を育めるような環境を、築いていければと思います。
太野:素敵なお話をありがとうございました。難しいテーマではありますが、私たちパーソルキャリアも目指しているところは同じで、転職を考えられている方々に自分で自分の人生を選んでいただきたい、“はたらく” を自分のものにしていただきたい、と願い日々の活動に取り組んでいます。
その目標に向け、“はたらく” を選ぶ、その選び方を社会に伝えていくという責任を果たしていきたいと思っておりますので、また機会があれば協働させていただければ幸いです。今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。
――本日はありがとうございました!
(取材=伊藤秋廣(エーアイプロダクション)/文=永田遥奈/撮影=古宮こうき)
藤岡 慎二 Shinji Fujioka
株式会社 Prima Pinguino 代表取締役
1975年生まれ。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修了。2006年に教育コンサルティング会社、現 株式会社Prima Pinguinoを設立。代表取締役に就任。島根県隠岐島前高校の高校魅力化プロジェクトへの参画をきっかけに自治体と連携しながら生徒にとっても地域にとっても魅力的な学校づくりを目指す「高校魅力化プロジェクト」を全国に展開校を超える実績を持つ。経営学の研究者として北陸大、産業能率大の教授職を歴任、地方創生に関する研究実績も多数。
小野 ひとみ Hitomi Ono
株式会社 Prima Pinguino 管理部 部長 兼 キャリア事業部
大学卒業後、イベント企画・運営会社にて企業のPRイベント・展示会に関する企画営業を担当。その後、人材紹介会社にて企業向け人事コンサルタントを担当。社会人の転職や企業の中途採用に関わる中で、教育とキャリア形成の分断に問題意識を持つ。2016年4月より長野県白馬高校魅力化プロジェクトに公営塾スタッフとして参画し、高校生の教科学習や探究学習のサポートを担当。2018年10月より現職。学校推薦・総合型選抜対策、PBL、探究学習などのコンテンツ開発や高校魅力化プロジェクトの立ち上げサポート等に携わる。
大星 りか Rika Oboshi
栃木県立茂木高校 公営塾スタッフ
新潟大学教育学部英語教育専修卒業。学生時代、地域課題解決に関わるプロジェクトや国際文化交流事業に参加。子どもの視野を広げるきっかけづくりに興味を持つ。2021年9月より、茂木町高校魅力化プロジェクトに公営塾スタッフとして着任。高校生の放課後学習や探究学習をサポートしている。2022年度は、探究学習の一環として地元道の駅に高校生の手作りPOPを設置する、POPROを実施。
太野 英恵 Hanae Futono
デジタルテクノロジー統括部 事業開発部 HR-technologyグループ リードデータアナリスト
大学卒業後、メーカーやWebサイト運営会社等数社にてマーケティング及びデータ分析、新規事業企画等を担当。出産後多くの方の支えでワーキングマザーとして勤務する中、教育とキャリア領域への関心を強め、前職では教育産業にて高校生向けデジタルツールの実証研究などに携わる。現在パーソルキャリアにて、テクノロジーを活用した新規事業開発部門にて企画及び調査を担当。 日本マーケティング学会会員、教育テスト研究センター(CRET)連携研究員にも名を連ねる。
※2023年3月時点の情報です。