パーソルキャリアのエンジニアリング組織であるテクノロジー本部が立ち上がって、約4年。最近では社外のカンファレンスやイベントへの登壇機会が増え、新規サービス開発からインフラ、データサイエンス、QAなどまで、さまざまなテーマで学びの共有を行っています。
本連載では、そんな登壇の機会において弊社社員がどのような準備をしているのかをご紹介していきます。
第3回となる今回話を聞くのは、情報処理や応用数理学などの領域において数々の学会発表の経験を持つ、アナリティクスグループ マネジャーの佐藤哲です。25年以上にわたり発信を続けてきた彼が考える、登壇準備において重要なポイント発表において重要なポイントとは――
学会発表の機会を通じて、研究に関わり続けたい
――まずは、佐藤さんのこれまでの登壇経験についてお聞かせください。
佐藤:大学院生の頃に情報処理学会の全国大会で初めての発表を行って以来、これまで定期的に 学会発表を続けてきました。発表の場としては、情報処理学会や応用数理学会、また「FIT 情報科学技術フォーラム(日本情報処理学会・電子情報通信学会 共催のイベント)」などが中心です。
大学院生だと必ず学会発表しないといけないので、そこから登壇経験がスタートしましたね。。修士の1年だか2年のときに、情報処理学会全国大会というので発表したっていうのが最初でした。90年代ぐらいの、まだプレゼンはパソコンじゃないという時代でしたね(笑)
――学会においては、どのような発表をされるのでしょうか。
佐藤:趣旨としてはアカデミックな領域の方々と変わりなく、研究成果を発表するために登壇しています。
私が主に扱っているのは「機械学習を活かしたデータ分析の手法」です。“最終的にパーソルキャリアが持つデータに対して用いること” を前提に分析手法を考え、オープンデータを用いて実験やブラッシュアップを行った成果について、学会で発表しています。
――マネジャーとしての役割と両立しながら学会発表を続けられる、そのモチベーションはどこからくるものなのでしょうか。
佐藤:やはり企業にいると、学会発表のような機会を意識的に設けない限り、どうしてもエンジニアとしての業務やマネジメントの方に重心が傾いてしまうんですよね。私はもともと研究者になりたかったほど「研究がしたい」という思いが強いので、研究に身を置き続けるためにも、毎年少なくとも2〜3回は必ず学会発表を行うようにしています。
また学会で発表をすることは、「自分があることを考えた」ということを周りに示し、証拠として残すことを意味します。
研究を続ける限り、そうして自分の考えについての “優先権” を主張するために成果を発表する、というのは変わらない目的であり、モチベーションであり続けると思います。
そしてもう一つ、会社に身を置きながら学会発表を続けるために欠かせないものに、“会社からの理解” があります。パーソルキャリアでは業務と研究や学会発表の両立を許可してもらえるだけでなく、さまざまな後押しをしてもらっていて、とても助かっていますね。
――具体的にどのようなサポートを受けられているのか教えてください。
佐藤:部署や組織によってこの辺りの方針は異なるかと思いますが、デジタルテクノロジー統括部では学会の年会費や、学会に参加するための費用や出張費などを支給していただいています。年間で考えるとある程度大きな額になってしまうので、非常にありがたいですね。
サポートいただく分、パーソルキャリアとしての技術のアピールや採用にもつながるよう発表や座長としての仕事に一生懸命取り組んで、win-winの関係を築ければと思っています。
分かりやすく、面白く。そして研究を前進させるフィードバックや議論につながるように
――ここからは、佐藤さんが普段行っている登壇の準備や工夫について詳しく教えてください。
佐藤:前提として、学会で行われる発表にはある程度決まった型のようなものがあります(必ずしもこの型に則らなければいけない訳ではありません)。
- 研究の背景と目的
- 前提となる知識
- 提案手法の説明
- 実験の方法と結果
- まとめと今後の課題
だいたいこのような流れで発表を行うことが多いので、一般的な講演と比べると特別なポイントは少ないかもしれませんが……事前準備や発表の工夫においては、“ターゲットの見極め” が大切だと思っています。
――「聴衆がどの程度の知識をお持ちか」といった観点でしょうか。
佐藤:そもそも、「聴衆はどのような領域を専門とされているのか」からですね。
例えば、私は主に情報処理学会のような “コンピュータ系統” の場と、日本数学会や応用数理学会のような “数学系統” の場で発表していますが、前者で数学の話をしたり後者で人工知能の話をしたりしても、ご理解いただくのはなかなか難しいわけです。またある一つのテーマに対しても、系統によって興味を持たれるポイントは全く違うんですよね。
なので、初めに「今回のターゲットはどのような領域を専門とし、どのような点に興味を持っているのか」を明確にした上で、内容を工夫する必要があります。例えば、次のような工夫が考えられるでしょうか。
- 提案手法の説明に入る前に、ターゲットにとって専門外と思われる知識について「内容を理解してもらうためには、この前提知識が必要です」と補足や解説をする
- ターゲットが興味を持っているポイントを中心に内容を組み立てる
- その学会の方に好まれそうな話題をおまけとして差し込む など
こちらは、あるテーマについてコンピュータ系統の場(上)と数学系統(下)の場でそれぞれお話しした際の資料ですが、タイトルから、同じテーマでもターゲットの興味範囲に合わせて切り口を変えてお話ししていることがお分かりいただけるかと思います。
また内容だけでなく、発表する際の “話し方” を考えるにあたっても、ターゲットの見極めは重要なんです。
――話し方の工夫についても詳しく教えてください。
佐藤:発表するときは、基本的に次の2つのスタイルを使い分けています。
- ゆっくり話して詳しく説明する
- 全てを詳しく説明することはせず、図を活用しながらテンポよく話を進める
先ほど、「コンピュータ系統の場で数学の話を」というように聴衆の専門でない領域のお話をご理解いただくのはなかなか難しいと言いましたが、このようにターゲットと内容が合っていないときは 2. を使うんです。「こんなイメージです」とパパッと喋り、「面白かった」と印象に残してもらいたいという意図があります。
一方でターゲットと内容が合っているなら、1. を使って、細かな内容までじっくりと喋る、という使い分けですね。
また「思い浮かんだばかりのアイディアに基づく研究で、もっともっと検討しなければならないものは1.で」「繰り返し発表しており、だいたい完成している研究で、多くの工夫や技術が盛り込まれすべて説明しきることは難しい&ツッコミどころももう少ないものは2.で」というように、“研究の完成度” もスタイルの使い分けを左右する一つの要素ではありますね。
「聴衆の専門を見誤って、内容がまったく伝わらなかった」といった失敗の経験から、やはりターゲットの見極めは特に重要なのではという感触です。
――資料作りにおいては、どのような工夫をされていますか?
佐藤:資料についても基本的にはターゲットの専門や興味範囲を意識し、あとは自分が学生・一般・研究者のうちどのセッションに登壇するかによって専門性の度合いを調整しながら作成していきます。
ただし最近では、特に機械学習や人工知能の分野では活用される材料(関わる学問分野)の幅が広がり、それら全てを理解できている人はなかなかいない、という状況になってきているので、“知らない方でもわかるような資料作り” を心がけるようになりましたね。
登壇資料の一部を公開!
――ターゲットを意識した登壇準備のスタイルは、いつ頃から確立されたのでしょうか。
佐藤:ある程度の経験を積んでからです。初めの10年くらいは聴衆のことなど考えず、とにかく自分の述べたいことをお話ししていました。
さまざまな場で何度も登壇して、「うまく伝わらなかった」「有意義な議論につながらなかった」といった失敗をして、担当教官の指導を受けて……その経験の中で、少しずつ形になっていったのかなと振り返ります。
たとえ研究が形にならなかったとしても、発信することでその軌跡は残せる
――学会発表を行うことによる変化や反響などがあれば教えてください。
佐藤:学会発表をきっかけに、研究についてフィードバックや疑問をいただいたり、原稿執筆や企業・大学・高専における講演の依頼をいただいたりしており、そういった反響がモチベーションにもなっています。
――ご自身のキャリアの面での変化としてはいかがですか?
佐藤:最も大きいのは、履歴書や職務経歴書に書ける実績ができることでしょうか。
また私の個人的な考えですが、データ分析の領域において仕事やマネジメントをするにあたって、メンバーが「ついていきたい」と思える人間であるために重要なことの一つは “技術の最先端をいっている” ことなのかなと。それを目指すためにも、学会発表は大きな意味を持っているのではないかと思います。
ここまで学会発表を続けてきたことで、研究が深められ、実績がついてキャリア選択の可能性も広がり、メンバーもついてきてくれて……と、とても楽しいサイクルが回っている感覚ですね。
――最後に、登壇のご経験を通じて感じること、得られた気づきなどがあればお聞かせください。
佐藤:データ分析の領域では、プロジェクトが完遂できなかったり、できたとしても守秘のために成果を発表できなかったりと、“実績にならない仕事” が多々あります。
ですが、自分が取り組んだことについて「どのような理由で何をやって・どのような結果が出て・どのような気づきや学び、反省が残ったか」をまとめて発表すれば、例えサービスなどとして形にならなかったとしても、そのプロセスを消さずに残すことができますし、優先権もしっかりと主張できるんですよね。
そういった意味で、自分の研究について学会の場で発表することには、“いいこと” がたくさんあるなと感じています。
今後も私自身が学会発表に取り組み続けながら、グループ全体にも研究について発信する文化を根付かせていきたいですね。
――ありがとうございました!
(取材=伊藤秋廣(エーアイプロダクション)/文=永田遥奈/撮影=古宮こうき)
佐藤 哲 Tetsu Sato
デジタルテクノロジー統括部 デジタルビジネス部 アナリティクスグループ マネジャー
独立行政法人通信総合研究所、株式会社国際電気通信基礎技術研究所、楽天株式会社、NHN Japan株式会社等を経て、2020年にパーソルキャリア株式会社入社。高機能ビッグデータ処理基盤開発、機械学習、時系列データ分析、数値シミュレーション、自然言語処理や位相的データ解析などの研究に従事。 ACM/IEEE/情報処理学会/応用数理学会/日本VR学会/日本数学会/数式処理学会各会員 萌える研究テーマを探しています。
※2023年8月現在の情報です。