
- 1. はじめに
- 2. 試したこと
- 3. 思考と気づき -手描きと生成AIによる制作-
- 4. メンバーからのコメント
- 5. 手描きと生成AIの混ざり合い
- 6. 手とAIで「つくること」の違いについて
- 7. おわりに -"わたし"と"生成AI"との関係性を指向する-
1. はじめに
私は、パーソルキャリアでUI・UXデザイナーとして働いている新卒3年目のデザイナー。プロダクトにおけるUI・UXデザインを主軸にしながら、グラフィックデザインにも取り組んでいる。
目に見えないもの・ことを自分でグラフィックで可視化することを大事にしている中、生成AIの進化によって、デザインの制作プロセスが幅広くなってきたと感じていた。
私が大学生の頃から「グラフィックの仕事はAIに任せる領域になる」と言われていた。今、その課題に直面しながらも、私はどちらかというと手で作ったものや手触りのあるものを大事にしたかった。人が作ったものには生成AIでは生み出せない何かがあると信じたい。だからこそ、人間が情報を読み取らなくても、生成AIが代わりにやってくれることのありがたさと葛藤がいつも付き纏っていた。そのような思いが背景にあって、イラスト制作の過程において、「手描き」と「生成AI」でどのような違いが出るのかを調べてみることにした。
※ 本記事に掲載しているイラストの一部は、生成AIツール(Google Gemini)を使用して作成されたものを含む。
2. 試したこと
手描きとAI、2つの手法を使って所属組織のメンバーイラストを作成。描き手である自分が感じたこと、描かれた本人からのフィードバックから得られた印象の違いを言語化する。この試みでは、常に記録をとることを大事にした。
例えば日報や作業場所のFigmaに、思ったこと・考えたことを文章にして残すことで、制作の過程で感じたことを後で振り返られる形にした。
※ 記事には、フリー素材を使ったイラスト制作を載せる。
ステップ1:手描きでの制作
メンバーの性格、雰囲気、身体的特徴をFigmaにメモしながら描く。客観的にというよりも、「自分がこう感じている」という主観を記録した。

ステップ2:生成AIでの制作
メンバーの写真を過去の写真フォルダなどから持ってきて、プロンプトと一緒に生成AI(今回はGemini)に送って、イラストを生成してもらう。タッチや背景など、細かい指定は都度プロンプトに書き込みながら、違和感があったことなどをFigmaに記録した。
※ 本検証において使用したメンバーの顔写真やイラストデータは、すべて本人の同意を得た上で、セキュリティが担保された環境でアップロード・検証を行っている。

ステップ3:本人へのヒアリング
完成した2つ(手描きと生成AI)のイラストをメンバーに見せて、率直な感想を聞く。SlackのDM(文章ベース)あるいは1on1(対話ベース)で、なるべく感じたことをそのまま伝えられる場を用意した。集めた感想はFigmaに都度記録した。

3. 思考と気づき -手描きと生成AIによる制作-
【手描き】視覚情報の「翻訳」と「配慮」
〈 制作時に考えていたこと 〉
手で描くことの難しさは上手く描けないというよりも、対象者に対しての配慮をどう可視化するかにあると思う。誰しも自分の見た目には、人それぞれのこだわりやデリケートな思いがあり、本人が気にする特徴やコンプレックスに対して、描き手が理解するのは難しいと思う。だから、上手く誤魔化すように描かないと配慮が欠けていると思われたり、相手が傷ついたりする場合がある。
〈 制作時を振り返り、現在考えたこと 〉
「体格はがっしり描きたい」「アクセサリーを足してイケてる大人感を出す」といった、作り手の主観によるアウトプット。手描きは、相手をどう見せるかという「描き手のフィルター(配慮)」を通す作業だと感じる。
ほとんどのイラストは平均10分程度で描けたが、「似ているかどうか」よりも、
「この要素があるから、この人だと分かる」というポイントを見つけることの方が重要だと気づいた。
【生成AI】プロンプトによる「具体化」の壁
〈 制作時に考えていたこと 〉
イラストよりも手数が減って楽に画像を生成できると思ったけど、いつも指示通りに画像生成してくれるわけではないので、変なストレスが溜まる気がしている。使い慣れていないせいかもしれないけど、的確なプロンプト(指示文)は何かを考えて、思考しているのに手はそれ通りに動かない(動かせない)もどかしさがある。
いろいろな例外はあると思うけど、手で描くからといって思い通りに描けたと思えるわけではなかった。それはあくまで私の画力の問題だけど、じゃあAIは思い通りだったかといえばそうではなかった。思い通りになるまで続ければ良いだけなのだけど、そこまでの体力はなかったし、ちょうどいい諦めを持つことも大事だと気づけた。
〈 制作時を振り返り、現在考えたこと 〉
100%の正解を出すことの難しさ。生成AIは指示通りに作る反面、作り手が無意識に調整してきた"ちょうどよさ"を汲み取ることが難しい。
4. メンバーからのコメント
手描きとAIで作ったイラストをメンバーに見比べてもらって、率直な感想をもらった。(以下は感想の一部)
手描きに対して
- 「手描きの方が温かみがある」
- 「手描きはデフォルメされてる。私っていえば、みんな納得してくれる」
- 「正解と違うのが前提、間違い探しはしない」
- 「可愛すぎて他の人が見ると誰かわからないかも」
- 「何を描きたかったのか、どんな雰囲気にしたかったのか…という意思が感じられる」
- 「リアルな再現を超えた、イラストとしての抽象的で情緒的な魅力に惹かれる」
生成AIに対して
- 「本質的にイラストが描かれたわけではないと思う。写実的だから表面的には作り込んでいるように思いがちだけど、手間暇をかけてない」
- 「正解との差分が逆に分かりやすい。特徴が似てる違う人」
- 「AIのは写真からなので本物の要素が結構残っているので、自分のイラストの場合少し違和感というか気持ち悪さを感じる」
- 「自分の顔のイケてないな〜と思うパーツが全て美化されているのが、AIに見透かされてる感じがする」
- 「エッジ(輪郭線)の太さや、シャドウの入り方がパキッとしすぎていて、デジタル特有の生々しさを強く感じる」
5. 手描きと生成AIの混ざり合い
もう1つの試みとして、元写真と自作のイラストを生成AIに学習させ、「自分の手描きタッチ」を生成AIがどこまで再現できるのかを検証してみた。

・イラストのタッチはほぼ一緒。手描きのイラストよりも、細部が細かく描き込まれているので、イラストの質としては生成AIの方が高い。
・洋服の柄が描かれていたり、人物の目線が逆だったり、生成AIが独自に判断して入れた要素があると、完全に再現されたとは言いがたい。かといって、細部が描き込まれることでイラストの質が高いという印象も受けるので、人間側がどこまでを再現とするかというラインを決めるべき。
6. 手とAIで「つくること」の違いについて
〈手でつくること〉
手でイラストを描きながら考えていたのは、どれだけ上手く描けるかよりも描いた相手を傷つけないか、第三者(私と、描いた相手以外の他者)に配慮の形が伝わるかだった。私が描いた相手に対して持った印象と、相手が自身の身体に対して思っていることは必ずしも一致するとは限らなくて、そこに周りの人々という3つ目の視点からも見られることによって、イラストにおける正解はあいまいになる。
今考えられる範囲で大切だと思うのは、描き手と描いた相手、周囲の人々とのちょうどよい境界線を見つけることだと思う。
〈生成AIでつくること〉
生成AIは手描きよりも意外と時間がかかった。「ちょうどよい諦め」と言うのは、「ちょうどよい着地点」を見つけること。それなりのAI活用経験とよい作品・アイデアをたくさん見て目が肥えていることが大事なのではと思う。手描きだと情報を手で足せる分、生成AIは直接自分で手をかけないからこそ、生成AIという他者に委ねる勇気とプロンプトの適切(的確)さが私にとっての壁となっていた気がしている。
〈手と生成AIでつくること〉
手で描いたものを生成AIに読み込ませることで、人間:生成AIの生成度は50:50くらいになった。これは、手で描いたときに感じていた不安や心配が、生成AIを通したことで一部緩和されたように感じられた。
この画像を作ってもらったときは、最初から生成AIに作ってもらうよりも早く画像が生成でき、「それなりの画像ができた」という感想だった。「それなり」と決めるのは人間側で、決定権をもっている。ただ今回、人間は作り手でもあった。作り手としての責任を、決定する行為を通して担っているのではないかと考える。
7. おわりに -"わたし"と"生成AI"との関係性を指向する-
手で描くとき特有の線を決める怖さ、線1本1本に意味がなければならない、説明ができなければならないという不安、見る人を不快にさせないかという心配がずっとある。それによって、制作において、「自分が大切にしたい価値観」と向き合わざるを得ないプロセスを経験した。
AIは線を自分で決められないからこその何かを掴めないもどかしさや、自分がどんな言葉を使えば良いのか、クリエイティブに考えるよりも生成AIを使う上でのリテラシーが求められていると感じた。これは「自分が何を大切にしたいか」を再認識するための重要なプロセスだったと感じている。
今回、記録と考察と思考を行き来しながら取り組んだことで、安易な答えを出さず、あえて「わだかまり」を自分の中に留めておくことで、デザイナーとしての感度を保つことができた。手描きの方が良い、生成AIの方が良いという二元論で話すよりも、両者と良い関係でいられた方が気持ちが良い。生成AIに向けてのスタンスは人それぞれだからこそ、いろいろな関係性が見られるのもおもしろい。
「グラフィックの仕事はAIに任せる領域になる」
これはたしかに進みつつある現状だと実感した。ただ、自分で選択してみること、思考しながら試すこと、自分が感じた違和感を大切にすることが、デザイナーとして誇らしく仕事ができる1つの方法だと思う。オルタナティブな関係性を指向しながらも、流動的でもあるということ。
デザイナーに「UI・UX」という要素がついているからこそ、相手への思いやりや関心、ナラティブ、理解しようとすることを忘れたくないと思う。その上で生成AIを使うことを心に留めておきたい。ものをつくることにおいては、デザイナーとして問いかけながら作り出していくプロセスを大切にしていきたい。

金子ゆり Kaneko Yuri
クライアントプロダクト本部 プロダクト統括部 クライアントプロダクトデザイン部 デザイン第1グループ
表面を整えるだけのデザインだけではなく、思考しながら手を動かしていくことを大切にしています。本を読むことが好きです。
※2026年6月現在の情報です。
