2021年6月、エンジニア向けの音声サービスのβ版ローンチを予定し、社内で前例のない挑戦として始まったこのサービス開発。しかし、5月になりリリースを中止。事業会社で新規サービスを創っていくうえで、どのようなプロセスの中で、「中止」の判断に至ったのでしょうか。開発を担ったサービスオーナーの三口と、シニアエンジニア 江口、リードデザイナー 佐藤の3名に、検討されていたサービス概要と体制、今回の判断に至るまでのウラガワを聞いてみました。
※三口は退職していますが、本人の同意を得て掲載を継続しています。
大きな可能性を秘めたエンジニア採用領域に、新たなプラットフォームづくりでアプローチ
――まずは、今回開発していた新規サービスについて、サービスオーナーの三口さんに伺っていきます。まずはサービスの概要と立ち上げた背景から教えてください。
三口:今回、僕たちが開発を進めていたのは、エンジニアに向けの音声を主体としたサービスです。魅力的な話や情報をもつ人のもとにエンジニアたちが集まり、普段聞けないような話を聞いてコミュニティを作ることができる、そんなサービスを考えていました。
現在のエンジニア採用は超売り手市場になっており、どこの地域や会社もエンジニアを必要としている状態です。この非常に大きな可能性をもつエンジニア採用の領域に、さらに注力して取り組んでいこうという動きが全社としてありました。そうした中で、doda での転職支援をさらに強化するとともに、さらに人材紹介とは別角度からのアプローチも加えることで、最大限にその可能性とチャンスを活かせるのではないかというお話があり、今回私が起案するに至りました。
――総合的なサービスとして広く利用いただいている doda と両軸で、領域を絞った新しい取り組みを展開することを検討していたんですね。このサービスはどのような発想で生まれたのですか?
三口:まずは「転職支援サービスの利用の他に、口コミを重視する傾向がある」などエンジニアの転職動向について整理し、口コミにフォーカスする場合にどのような企画がエンジニアにヒットするのか、検討していきました。
初めはテキスト重視の案が多数出ていた中で、「ラジオや Podcast などを聴きながら仕事をするエンジニアたちも多い」と知り、エンジニア向けのサービスは「音声」と相性がいいのではと考えるように。SNS で企業側のキーパーソンとつながるという要素に、音声の要素を組み合わせて何かできないか、というところからスタートしました。
もちろん、その領域の権威とされる人のセミナーなどから学びを得るエンジニアも多いと思いますが、そういった場だけではなく、人と人との間で生まれる何気ない会話や雑談にこそ、いいヒントが隠れていたりするものです。世の中に数多く存在する様々な雑談の場に居合わせ、魅力的な話を聞けたら面白いだろうと、徐々にサービス概要が固まっていきました。
今回は、とにかく良質な情報をもつ人と、はたらくエンジニアが「つながる」ことを重視した作りにしていて、まずは「一緒に働きたい」という気持ちを生み出していければと考え、リクルーティングにつなげていくのは、その先のステップを想定していました。
――まずはつながることを重視していたんですね。次のステップでは、どんなことを考えていたんですか?
三口:その先には、ポイントのやりとりを導入しようと考えていました。話している内容に対して、「いいね」のようなハートが送られる仕組みにし、ステキな考えをもって発信する人のもとにはポイントがたまっていくんです。そのポイントをリクルーティングにも、別の形でも使えるようにすることで、ポイントの循環をさせていきたいと思っていました。
困難を乗り越え進めた「みんなが面白いと思える」ものづくり
――検討していたサービスの概要がわかってきました。ここからはエンジニア・デザイナーとして開発に携わった江口さん、佐藤さんも交えて、お聞きしていきます。まずは、お二人が参画された当初のことを教えてください。いつ頃・どのようなお気持ちでスタートダッシュを切られたのでしょうか。
江口:私は「エンジニア領域で何か新しいチャレンジができないか」という企画書の段階からお話をいただいていて、そこからデザインスプリントの手法に落とし込んで進めていく中で、徐々に参加していきました。
三口さんが描かれているやりたいことにはとても共感したのですが、全社としての取り組みが背景にあるという認識だったので、自分たちで手綱を握って進んでいけるのか、正直不安なところもありました。やはり自分たちで考えて決断して進めていかないと、現場のエンジニアやデザイナーは疲弊してしまいますから。
振り返ってみれば、音声の活用などの大枠が描けてから「では具体的にどうしていこうか」と考えていく過程はとても楽しかったですし、結果的には自分たちで企画の肉付けができている感覚を持って進めてこられたなと思います。ただ、当初は懸念が大きかったですね。
佐藤:私はジョインしたのは江口さんと同じタイミングでしたが、抱いていたのはどちらかというと逆のイメージでした。もともとサービス開発とは言っても、「転職支援」という確立された領域がある分、スタートアップのように自由度高くなんでも挑戦できる訳ではないと思っていたんですよね。
それが、今回思ってもみなかった方向から企画のお話がきて(笑)。HR 領域と結びつきが強い訳ではない音声のサービスを、新しくこの会社でやれるのかという驚きが大きかったと記憶しています。
今回三口さんがこのような起案をしてくれたことで、「この範疇でやらなければいけない」というような、みんなの中にある企画の枠を取り除いてもらえたなという印象が強く、ワクワクしましたね。
――メンバーも「面白いな」と思いながらも驚かされるような企画だったということですが、起案時は理解を得るまで大変だったのではないでしょうか……?
三口:もともと私自身、必要以上にルールを重んじないタイプで、「正しいものよりも、みんなが面白いと思えるものの方がいい」と常に枠を外して考えました。
その中で、音声活用の話が出た時やみんなで企画を考えている時の、盛り上がり方やアイデアがどんどん湧いてくる様子を見て「この企画面白いな」とみんなが感じてくれているのだろうと思える部分があったので、もし反対されたとしても、絶対に通しにいくという気概をもって起案しにいった、というのはありましたね。
――面白いなとワクワクする反面、新しい取り組みでご苦労もたくさんあったのではと推測しています。特に難航した部分があれば教えてください。
江口:フェーズを経るごとに色々な苦労はありますが、特に初期の技術調査にはとても時間がかかりました。
経験したことのない領域なので、知らないことを都度勉強しながら進めていかなければいけませんし、要件を叶えるために必要な技術のピックアップはできても、実装するためには相当の周辺知識が必要になります。関連書籍を読んだりネットで調べたり、社内で知見をもっている人に相談したりしながら、何とか進めていきました。
また長い間エンジニアが私一人だったところから、メンバーが増えたときのマネジメントや権限委譲をどうしていくか、自分が溜めているノウハウをどう伝えるか、そしてそれをどう吸収してもらうか……などを考えて進めなければというところですね。
――開発が一歩前進するごとにまた新しい課題が生まれ、一つひとつ乗り越えてこられたのですね。佐藤さんはいかがですか?
佐藤:デザイナーとして一定経験を積むと、「誰に向けた・どのようなサービスで・何を実現したいか」がわかれば、ある程度の形の見当はつけられるようになってくるのですが、今回は「音声主体で+文字起こしされる」という経験したことのない要件だったので、パターンの組み合わせに難しさがありました。
最初は既存の Podcast 系のサービスだけを調査してインターフェースをデザインし、それが上手くはまらなかったり、またいくつかの要件が途中でなくなったことで、インターフェースを考え直したりと何度もつまずきました。そこから、Podcast 系はもちろん、音声系サービスや文字起こしサービスまで手本にしたり、Twitter でも情報収集をしたりと調査を重ねて。使えそうな構成要素を全て集めて一度分解し、再構築するという作業を繰り返して、あるべき姿を模索していった過程が一番難航した部分かなと思います。
――技術・UI デザインそれぞれの調査を経て、実際の開発はどのように進めていたのでしょうか。
三口:本来サービスオーナーとしてたくさんの時間を割かなければいけなかったのですが、特に前半は他に関わっているプロジェクトとの兼ね合いでなかなか時間が取れず、メンバーに迷惑をかけた部分がありました。
その中で「江口さん、佐藤さんともう一人のメンバーを含めた3名で意見が一致する内容であれば、私を通さずに決めてもらっていい」というルールを設けたんです。
江口:3名それぞれが管轄するエンジニアリング、デザイン/クリエイティブ、ビジネスの分野には各自が責任をもって進めて、他の立場の人に確認しないと進められないものについては、「鼎談」と称した3名で話す場を設けてすり合わせながら進めてきました。
三口:報告はしっかりしてもらい、また意見が分かれた時は話をもってきてもらう形にして、後はどんどん進めて欲しいとお願いしていました。自分たちで進めていく面白さも大変さもあったはずですが、リードのみなさんが前半で土台をしっかりと固めてくれたことは、非常に大きな成果だったと思います。
――メンバーそれぞれがオーナーシップをもって前進できるのは、理想的な形ですよね。
三口:そうですね。それぞれのサービスオーナーに「こうやって進めたい」という思いがあると思いますが、私は自主的に進めてもらいたいし、その結果よりいいものを作りたいという思いがあります。
例えば、私は常にいいものを作りたいと思って発言しているけれど、「三口さんはこう言ってるけれど、こっちの方がいいよね」というのもあっていいと思っているんです。この点は、今回メンバーのみんなと共通の認識を持てていた部分かなと振り返りますね。
――三口さんからサービス立ち上げ時の大切な土台づくりを任されて担ってきたお二人は、ここまでの企画・開発をどう振り返られますか?
江口:自分の知らない間に意思決定が勝手に進んで、「もう決まったこと」が降りてくるということが一切なかったので、やりやすかったですし心理的にも信用してもらえているなと感じていました。やはりそれがないと、開発メンバーではなく社内外注としての役割とモチベーションに近くなってしまいますからね。今回こうして信用して任せていただけたことで、その思いに応えたいと取り組んでこられたなと思います。
佐藤:信用していただいているのは、私も強く感じました。三口さんは本当に柔軟な方で、もちろん譲れないポイントは確実にお持ちだけれど、そこから一歩違うところで提案すると「それいいね、じゃあこうしてみようか」と “Yes, And” の姿勢で意見を汲んでくれます。そういった三口さんの、メンバーに対する一定のリスペクトや信用があったからこそ、今回の開発が成り立ったのかなと感じますね。
――単に「権限を持つ人」と「手を動かす人」ではない、双方向の関係性が素敵ですね。そうして主体的に進められる中、この開発にかける時間や労力も大きかったのではと思いますが、必ずしも一つの案件だけに注力できる訳ではないはず。他の案件とのバランスの取り方やマインドセットはどうされているのでしょうか。
江口:サービス開発部では、普段は色々なプロジェクトと関わりながら進めることが多いのですが、今回私は同時並行で進めているものがなかったので、完全にこちらに注力できていました。
ただしっかりと時間をかけられた反面、一つのものをずっと見て考えていると、視野が狭くなったり新しい発想を得づらくなったりするのを感じた部分もあって。私の性格かもしれませんが、一点集中よりも複数の案件をバランスよく進める方が、アウトプットとしてもいいのかなと捉えています。
佐藤:私も当初はこのサービスのみでしたが、マネジメントしている後輩のプロジェクトが別で走っていたので、リソースは分散されていた状態でした。
新規サービスの開発にはスピード感が求められると思っていて、いわゆる可能モデル、当たり前品質まである程度のスピード感をもって高めていき、それを早くユーザーに届けるのが一番だと思うんです。その点、一つのプロジェクトだけに向き合っていると、時間がある分だけ作り込んでクオリティを高める方向に力を注ぎたくなってしまうので、私も江口さんと同じで同時並行の方がやりやすいですし、今回はちょうどよかったかなと思います。
――同時並行は大変という印象がありましたが、アウトプットの質やサービス開発の進め方を考えて、他とのバランスを取りながら進められているんですね。
三口:クオリティをあげようと時間をかけるよりも、とにかく量を重ねた方が結果的にクオリティが上がる、というような話は、科学的にも証明されています。そうやって何度もトライして得た知見を次に活かしていくことこそが、結果的に質を上げることなのだと思うので、新規サービスを作る中では、そのマインドを持つことが大切なのでしょうね。
完成間近でのリリース中止――決断のワケとは
――今回のサービスに対して、皆さんの想いや開発に力を注いでいたことがとても理解しましたが、β版リリース直前での中止。とても驚きましたが、どのような背景があったのでしょうか。
三口:経営陣や、ヒアリングをしていた他社のVPoEの方にも、期待いただいていたサービスだったので、何とかリリースまで検討していたのですが、、、決断をしました。その背景には、複数の要因があります。
まず、サービスの中心である音声技術を扱う上で担当チームに十分なノウハウがなかった点。複数のサービスを並行して開発する組織のため、アサインの調整が常に入り、結果的に、質と量ともに計画から外れた点。プロジェクト運営でカバーしようと外部リソースや、仕様見直しなど手をいれたが、解消するまでに至らなかった。最後に、一番大きな要因ですが、事業管轄となったIT事業統括の限られたリソースを振り分ける際、優先順位として別の新規サービスに集中するという選択をとりました。
――さまざま背景があったのですね…。江口さんや佐藤さんは、リリース中止について、いつ頃聞いたのですか?また聞いた時の率直なお気持ちを教えてください。
江口:早い段階で中止の可能性は耳にしていました。さすがに、半年以上関わってきたものが世に出ないまま終わるというのは悔しいという気持ちが大きかったです。なので、開発速度を早めるためにマネジメントを別な人に依頼して自分の手を動かす量を増やすなどの対策はしたのですが、メンバーのモチベーションに影響を与えないように切迫感を伝えることができず、結局自分ひとりで空回りしていたように思えます。
佐藤:僕自身はこの発表の前にアサインが変更されていたこともあり、すごく驚いたのを覚えています。リリースまで持っていけなかったのは自分自身にも不足していた部分があると思うので、正直に悔しいという気持ちですね。
――想いを重ねた新規サービスだったと思うので、、、お気持ちお察しします。三口さんとしてもさまざまな事情があったと思いますが、今回の判断の決め手になったのはどのようなお考えがあったのでしょうか。
三口:もっとも、重要なことは、ターゲットとなるITエンジニアが面白がって使ってもらえるのかということです。今回、音声系サービスの台頭などにより当初予定していたもののハードルが上がってしまったことで、まずは出して反応を見ましょうという判断になりにくかったのはあります。最終的には、管轄するIT事業統括部としてITエンジニアに価値あるサービスが提供できるかという判断になりました。
――それだけ新しいサービスのリリーススピードは上がっているということですね。それでは最後に、今回の経験を経て、今後どのような事を成し遂げたいか教えてください。
江口:悔しいという思いは中止決定から1ヶ月経った今でも消えていません。一方で、新しい見込みのあるサービス開発に力を注げるようになったという見方もできます。今回、なぜ失敗したのか適切に自問しつつ、次のプロジェクトに今回の経験をフィードバックしていくことが私達の使命だと思っています。
佐藤:リリース中止という決断はショッキングなものでしたが、クヨクヨしている暇はないと思っています。今回の失敗から学んだ多くのことを教訓として、これまで以上にサービスづくりに真摯に向き合っていきたいです。
三口:今回反省できる所はしっかり反省し、パーソルキャリアとして、ITエンジニアがキャリアオーナーシップをもって活躍することを支援できるサービスをどんどん出していきたいと思います。今後は、少人数にでも圧倒的にITエンジニアに必要とされ支持されるサービスを手がけ、エンジニアがもっともっと活躍できるよう同じ目的をもったチームとして支援していきたいです。
――皆さんの新たなチャレンジを心から応援しております!ありがとうございました!
(取材=伊藤秋廣(エーアイプロダクション)/文=永田遥奈)
三口聡之介 Sonosuke Mikuchi
IT事業統括部 エグゼクティブマネジャー
京都大学在学中に、株式会社ガイアックスの設立に参画。その後、KLab株式会社で携帯アプリケーションの開発に従事したのち、楽天株式会社に入社し、プロデューサーとしてMyRakutenなどを担当した。2013年から株式会社百戦錬磨に参画、取締役に就任。2013年にとまれる株式会社を設立、代表取締役社長に就任した。その後、ベンチャー企業複数社を経て2018年2月からパーソルキャリア株式会社に入社。内製開発を推進するエンジニアリング統括部のエグゼクティブマネジャーなどを歴任し、現在は退職。
江口 拓弥 Takuya Eguchi
エンジニアリング統括部 サービス開発部 第3グループ シニアエンジニア
2008年、地元山形のソフトハウスに入社するも、半年後に東京へ転勤。Webアプリケーションの受託開発とセールスエンジニアを3年経て、派遣先であった小さなSIerに転職。システム統合に伴うデータ整備業務を経験し、堅牢なシステムの作り方と運用に触れる。2018年に仙台に移住。Ruby on RailsとVue.jsを使用した受託開発業務を経験した後、パーソルキャリアにジョイン。Nuxt.jsとFirebaseを利用し、転職後アフターサービス「CAREER POCKET」を開発。その後は複数の新規サービスの開発に携わる。
佐藤匠生 Shoi Sato
エンジニアリング統括部 UXデザイン部 デザイン第2グループ マネジャー
民泊系スタートアップ、不動産テック企業などで新規事業立ち上げやWeb/アプリにおけるUI設計に従事。2018年よりパーソルキャリアに参画。UI/UX領域の専門家として複数の新規プロジェクトを支援する傍ら、デザイン組織の立ち上げにも奮闘中。
※2021年6月現在の情報です。