クラウド移行から見る――“事業会社におけるインフラの考え方”とは

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パーソルキャリアではExadataのオンプレミス環境を利用していますが、2021年4月に契約期間が満了となることから、ユーザーにより良いサービスを提供し続けるために、クラウド活用の検討を進めています。ところが、旧来から蓄積され、巨大化するDBを一気に移行することは、サービスを止めることにもなるため絶対にできません。さまざまな手法を検討し、段階を踏みながら最適な方法を選択できるようにデータ移行を進めています。そんな、重要かつ難易度の高いプロジェクトを進めているのはPM佐藤を筆頭に、インフラ基盤周りを対応する田村と基幹システム側を対応する前田。いい意味で期待を裏切る回答とともに3人の見事な連携が進んでいる本プロジェクトの「今」を訊いてみました。

※2020年11月に取材を行い、撮影時のみマスクを外しています。

※前田は退職していますが、本人の同意を得て掲載を継続しています。

クラウド移行の現在地 

――まずは、Oracle Cloud移行プロジェクトの概要からご説明いただけますか。

佐藤:元々、私がパーソルホールディングスにいた時に、オンプレ機器としてExadataを導入しました。Exadataは速くてとても良かったのですが、そこから5、6年経ってそろそろハードウエアのEOSLにより保守できなくなるという話があがってきました。

そこで、新しいものに載せ替えないとならないという本プロジェクトがスタートしました。

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IT基盤BITAグループ シニアコンサルタント 佐藤 隆一

新しいものの載せ替え方としては、以下の3パターンを検討していました。

  1. オンプレ環境をそのまま買い替えるというパターン
  2. 丸々クラウドに移行するというパターン
  3. クラウドにいきなり全移行するのではなく、少しだけ進めていく、Oracle Exadata Cloud@Customerというパターン

議論を重ねた結果、③のOracle Exadata Cloud@Customer(以下、ExaCC)で行きましょうという話になったのですが、メンテナンス時や万が一何かあった時にそれだけでは耐えきれないということで、Oracle CloudとExaCCのハイブリッドという形にしようという結論に至りました。それが2018年の12月から2019年の1月頃にかけての話です。

本当にハイブリッドで大丈夫なのか?ということをオラクル社と3カ月くらいかけて議論しました。そして、“よし行ける!” となり、2019年4、5月ごろからプロジェクトが組成されてスタート。まあ、箱の載せ替えだから何とかなるよね、そんなに難しくないだろうという感じで進んでいたんですよ。

ところが、話を詰めていくうちに“これは少し難しくないか?”って話になり、まずは田村さんに支援をお願いし、6月くらいに巻き込みました。そして前田さんにもご意見をもらい、“このまま移行すると、ハードウエアの違いによって遅くなる可能性があり、このまま移行してもだめかもしれない”という認識に。でも、期限は決まっているではないですか。そこで、なんとかプロジェクト終了までの間に応急処置的に遅い部分を対処しましょうということで、基幹システムが2つあるうちの一つ(ARCS)を前田さんにお願いし、もう一つ(BAKS)は田村さんにお願いし、そして設定周りは私が担当だったんですが、諸般の事情で2020年10月から私がPMとなり、そこから役割の入れ替わりが様々あり、バタバタな流れでここまで来ました(笑)。

 

――となると、前田さん、田村さんの役割も基幹システムだけではなくなったということですか?

田村:そうですね。自分は正式にプロジェクトが動き出してから参画しました。

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IT基盤BITAグループ リードコンサルタント 田村 孝一

私は元々このプロジェクトに参画した時、BAKS側の性能を見るという話で入りましたが、先ほどの話の通り、そこから昇格しまして(笑)自分が基盤側の技術支援に繰り上がったという事です。自分が担当するはずだったBAKSは前田さんが担当しています。

前田:はい。

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データ&テクノロジー ソリューション部 エンジニアリンググループ シニアエンジニア 前田 佳輝

私は元々、エージェント プロセス&システムデザイン部(以下PSD部)に兼務を付けて、アプリケーション側のチューニングも行っていたことから、ARCS側で当初役割をもらっていましたが、BAKSも併せて担当しています。

佐藤:現状のDBを理解しながら移行するものを適切に検討するのが前田さん、クラウド側に移行したときにきれいな箱組を考えるのが田村さん、という感じですね。

 

――リスクを踏まえてクラウドとExaCCのハイブリットを選んでいたんですね。当初は「Exadata Cloud Service」を選んでいた背景を教えてください。

佐藤:その前は、全部クラウドに振ってしまおうと思っていました。そっちの方がきれいではないかと考えたのですね。ただ経営として考えた時に、すべてクラウドに切り替えれば、際限なく使えてしまうし、使ってしまうのではないか、ということが心配でした。弊社は事業スピードが速いので、現場から「こういう機能を作ってほしい!」という要求がどんどん出てきますから(笑)。

クラウドになれば、そのぶんリソースは無制限に使えるようになりますが、やはりその分コストはかかってきます。もちろん、事業部がやりたいことを実現してあげたいとは思うのですが、当然のことながら、きちんとコスト面も考える必要がありますよね。

もともとExaCCはテスト環境として利用していたので、それを流用しようと。最初はハイブリッドという形でまず最小限で始めて使ってみて、会社としてExaCCやオンプレの方が良いのか、はたまたクラウドにいった方が良いのか見極めましょうという話ですね。

 

――お話を伺っていると、丸っとクラウド移行のほうが楽だったのではないかと思うのですが、実行する皆さんからすると、ExaCCとクラウドのハイブリットにしたことによる大変さなどはあったのでしょうか?

佐藤:そうですね、すべてクラウドに移行した他社さんの事例はたくさんありますが、ハイブリッドの構成は世の中にあまりないと思います。なので、普通は考えなくてもいいようなことを考える必要があった感じですね…。

田村:私が知る限り、ExaCCを本番で使ったという話をあまり聞いたことないので、保険は必要なのかなと・・・。

前田:弊社ではすでにExaCCにテスト環境を乗っけている使用実績があったので、今回も有効活用した経緯があるんです。

田村:そうそう。これまでもテスト環境でずっと生きていたので、大丈夫じゃないか?という話です。

佐藤:テスト環境として使っている間は問題なかったのですが、今度は本番環境の24時間365日稼働させないとなりませんからね。その時にはどうなるのか?という不安はありました。なので、ExaCCひとつではなく、何かあった時に逃げられる環境としてOracle Exadata Cloud Service (以下ExaCS)も用意しよう、すなわちハイブリッドにしようという話です。

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田村:ただ、正直言って、私は今でもクラウドに移行したほうが良いとは思っていますよ。ハイブリッドにしようが、クラウドにしようがリスクは変わらないと思っていますから。結局、管理はオラクルがやるという部分は変わりなく、OSレイヤーより上の部分は結局私たちで見るのですから、リスクは変わらないんじゃないかと。

佐藤:ExaCCとExaCSは仕組みがほぼ一緒なので、データの保管場所が私たちのデータセンターにあるか、オラクルさんのクラウドにあるかの違いだけです。(場所がどこであっても事故が起きる)リスクがあるのであれば、管理が楽なすべてクラウドにいった方がいいでしょ?というのが田村さんの考えです。確かに、その通りです。

それは、プロジェクトに関係なく元々田村さんがOracleに詳しいのでずっと相談していた時から一貫して同じ意見をうかがっていました。それで、プロジェクトが体制的にどうにもならなくなった段階で頼み込んで、田村さんにジョインしていただいたという流れです。こういった意見を言ってもらえるので、JOINしてもらえてよかったです(笑)。

先ほどの流れの話に戻すと、僕たちはちゃんと箱を用意するので、あとの中身については事業側(アプリケーション)で対応してもらう流れで進めましょう、となったのが2020年の6、7月頃のことです。それで、事業BITA(※)とコミュニケーションをとって、説明を始めました。しかし、事業BITAを巻き込んだのが遅かったこともあり、ここから2021年4月の移行までにやりきれないという話となりました。特に、移行先の負荷を下げる対応に不安があり、今度はそのつなぎ役として前田さんを巻き込みました。

(※)事業BITAとは…人材紹介事業や転職メディア事業を支えるIT戦略・企画開発部門(PSD部やメディアBITA部など)の総称を指す社内用語。

前田:我々は潤沢なリソース、人的なリソースがあるわけではないので、最適なパワーを発揮するチームを作らないとなりません。いうなれば、巻き込めないと動かせるものも動かせないという話です。

 

巻き込みながら領域を溶かしていく

――隆一さんのお話を聞いていて面白いと思ったのは、巻き込む目的が明確ですよね。それは意図しているのでしょうか。

佐藤:どうでしょうか(笑)。言い辛いので、直接私が言わずに上司の家城さんに言わせてしまいました。入ってもらったら少しずつ、役割を大きくしていくという感じで(笑)。

 

――嫌な感じにならない、お願いの仕方ですよね(笑)。あとから入られた田村さんと前田さんはご自身の役割をどこまで理解しながら入っていったのですか?

田村:理解していないです(笑)。メインでここを見てほしいという話はありますが、それをやっていると、落ち葉があちらこちらに落ちているので、気づいた範囲でそれを拾っているイメージです。

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ただし、明確なのは前田さんがいるからアプリの方はよろしくという話ですね。アプリと基盤の境にある分からない部分は拾おうとしますが、自分が入ってしまうと訳が分からなくなってしまうので、なんとなくグレーゾーンは見る、そんな形で動いていました。

前田:結局DBは、箱のインフラの話と、アプリケーションに紐づく話があります。私自身はアプリSEからDBエンジニア、そしてインフラエンジニアになっていますが、イマドキのアプリエンジニアはアプリエンジニアでキャリアを極める傾向があるので、DBは別物、つまり自分の管轄外という感覚が大きいのではないかと思います。だから、「これはインフラでしょ」みたいな言われ方をすることもあります。隆一さんが先ほど整然とコンパクトにしてコストを抑えるという話をしたと思いますが、人によっては、「これはもうインフラ案件だ!(だから作業も含めインフラですべてやってくれ!)」という見方もあります。

ARCSではユーザー体験を上げるための性能改善を別途やっていて、これによって結果的には、CPUリソースが下がるのでコスト削減にはなりますが、あくまでもユーザー目線のプロジェクトです。今回のプロジェクトは、移行した時に性能が悪化してしまうというリスクを低減するという話なので、アプリ側からすると、ユーザー利便性とは関係のないインフラ案件。アプリエンジニアとインフラエンジニアとの間で、なんとなく分業制が進んでいて、“あとはよろしく”というような感じですね。

 

――アプリとインフラでなんとなく境界線が引かれてしまうと…その中で前田さんは、田村さんとも、アプリケーションエンジニア、つまり事業側とも連携をしながら繋いでいった、ということですか?

前田:ARCSに関してはそうでした。BAKSは、同じDBをさまざまなシステムが使っており、人も変わったりしているため、連携ができていない状態でした。ARCS側は、私自身も人材紹介事業に兼務しているので、「こういう使い方のほうが効率いい」という話を仕様面から言うことが出来ています。しかしBAKSについては、そのあたりの情報がもってないので、純粋にインフラの目線で見るしかなく、ここの領域を使うのはアクセス効率が悪いからという言葉になってしまいます。インフラ目線だけの改善はアプリ利便性などが改善されない恐れもありますので事業の後ろに控えている開発の人間と直接会話をしながら、アプリとインフラをつなげられるように提案していますね。

 

――さまざまな課題がある中、このクラウドの移行がようやく前に進んでいるという感じなのですね。今回のPJTを通じて、もっとこうしたら早く進められるのに…といったジレンマはどのあたりでしょうか?

佐藤:よくも悪くも事業の一部が事業BITAなので、事業目線です。事業それぞれのやりたいことがあります。ただ当社のように複数のサービス形態にまたがった一つのサービスを運営していると、各事業で方向性が違うという時に誰が音頭を取るのかというと、横串組織が旗振りをして、決めていかなくてはなりません。

自分たちの組織は今、横串を刺す立場にあるので音頭を取っていますが、このプロジェクトでいうと、本来は箱だけ用意して、方針だけ出すので、あとは事業側にお任せします、という進め方もできたはずですが、一方で事業側の優先課題もある…そうなると後回しにされてしまいがちです。横串組織といえど、ジレンマはありますね…。もちろん、巻き込む側の僕らは僕らで説明責任を果たす時が遅かったという問題もあったかとは思いますが。

 

――前田さんはどのように感じていますか。

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前田:私の役割は、「DBの中身、具体的にはデータモデルやデータは、アプリケーション側のものなので、アプリ開発内でも考えないといけない!」ということを周知することとだと思っています。

中には、「SQLはアプリだけど、DBはインフラ」という考えを持っている方もいるので、アプリ機能(=SQL)は考えるけど、DBの性能、データモデルには深入りしないケースもあります。ビジネスに「直接」役立つことに特化した行動ですよね。それがアプリ開発者の主要ミッションだと思いますが、アプリの性能、保守性、データ活用のしやすさなどの機能性以外のこともITシステムには必要であり、これらの設計はインフラ設計ではなくアプリ開発でしか考慮できません。

それらも含めて、DBの中身はアプリの物だということを理解してもらい、SQLを書くだけでなく、性能の出る設計、データ活用のできるデータモデル構築をアプリ開発内で実施できるようにならないかという野心を抱いています。

あと、性能、保守性向上やデータ活用はシステムの「シンプルさ」が必要であり、シンプルでありつづけるための「作らない美学」(笑)も啓蒙していきたいと考えています。その案件ごとの「機能最適化」ではなく、機能以外も含めた「全体最適化」を進められるよう活動していきたいです。

 

――それは全体最適の理解が進むと、インフラ基盤のみなさんの役割がもう少し変わってくるものなのでしょうか。

前田:これは私個人の考えですが、私たちへの要求事項が変わると思います。案件単位の必要機能の要求から、ビジネスを担うあるべき姿、例えば非機能要求(性能・保守性)やデータ活用のしやすいインフラ、ビジネススピードに置いて行かれない開発が可能な環境等を要求されると思います。これらはクラウド環境のメリットを生かせる要求事項と考えられますが、まだまだクラウド環境のポテンシャルを生かし切れていないと思います。

 

――長年続いているdodaを支えるインフラ基盤も十数年使っていて、そのうち8年間を隆一さんはご存知でいらっしゃると思います。これまで整理されないまま、継ぎ足してきたインフラをこの先もまた何十年も使うとなった時に技術的にはもちろん、組織としてどうあれば、また向こう十年間頑張っていけそうですか。

佐藤:今の組織は組織で正しいと思います。事業に刺さっているIT部門がないと、事業がやりたいことを早く実現していけません。ただ横串的な役割の部署がようやく生成されたばかりなので、そこがまだ成熟していないのが課題になっていると思います。そこがないまま、各事業だけがやっているので、皆、自由自在に今まで通りに継ぎ足せば良いでしょうという状態になっています。そこのルールや組織を成熟させていくという意味で、先ほど前田さんの企みは期待できると思います。また今、田村さんが箱をきれいにしてくれたので、これからようやく中身を考えられるようになった、その第一歩という感覚ですね。

 

新しい技術&大規模PJが仕事の醍醐味

――そんな大変な状態にあっても、なぜ皆さんが頑張ってこられているのかというお話をぜひお聞かせください!田村さんはいかがですか。落ち葉拾いは大変ではないですか。

田村:はい。奉仕の心で頑張っています(笑)。

 

――皆さん兼務で、小さく入り段々広がってしまったというような話を笑ってされますが、本当にすごいと思います。なぜ、そんなに頑張れるのですか。

田村:調整は隆一さんがすべてやってくれますから、こちらは言いたいことを言っていればよいのでストレスフリーです。頑張れる理由は…そうですね。新技術に触れるのは面白いと思っています。オラクルでもクラウドに移行するなど変化していて、常に新しい要素がありますよね。そこがモチベーションになっています。

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――前田さんはいかがですか。

 前田:無心に技術と向き合える点があげられます。エンジニアは、誰かの支援をするという役割が多く、それが意外と性に合っていると思っています。自分がフロントになって企画するという事はなく、どちらかというと支援に回る、そのマインドがある人たちはここに居心地の良さを感じると思います。

 

――最後は隆一さんに締めてもらいましょう、

佐藤:そうですね。新しい事をやっていますからね。今までやっていないことをやっているから、それは面白いですよ。“調整が大変”ということを置いておけば、自分の知らない新しい技術に触れ、そして、こんな大きい取り組みができるわけですから。これは、うちみたいな大きな規模の企業でないと味わえない醍醐味だと思います。

このくらいの規模のプロジェクトは、5、6年に1度は発生しますが、そのたびに予算をかけて大改修するのではなく、クラウド化して、必要な時に必要な分だけ拡張するという構成を目指したいですね。とはいえ、際限なく拡張するわけではないですよというところを、きちんと理解しながら、要は全体の方針を決められるという大事な役割ですから。“今、ここでやっておけば将来につながるでしょう”って思いながら頑張っています。

この先も、色々な方々を巻き込みながら進めていきたいですね。

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――素敵なお話をありがとうございました!

(取材・文=伊藤秋廣(エーアイプロダクション)/撮影=古宮こうき)

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佐藤隆一 Ryuichi Sato

インフラ基盤統括部 システム基盤部 IT基盤BITAグループシニアコンサルタント

2012年にパーソルキャリアに中途入社。インフラエンジニアとして経験後、2015年10月にパーソルホールディングス、グループIT本部に異動。グループ各社が展開する基幹データベースをExadataに統合するプロジェクトにも参画。2018年10月に帰任し、現在に至る。

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田村 孝一 Koichi Tamura

インフラ基盤統括部 システム共通BITA部 IT基盤グループ 兼 BITA統括部 テクノロジー企画部 テクノロジー推進グループ リードコンサルタント

SIer、ITコンサルティング会社、製品ベンダーにて開発やPM、技術コンサルティングを経験。2017年7月に株式会社インテリジェンス(現パーソルキャリア株式会社)に入社。現在はテクノロジー企画とIT基盤を兼務し、環境整備やシステム切り替えのプロジェクトなどを担当。

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前田 佳輝 Yoshiteru Maeda

デジタルテクノロジー統括部 データ&テクノロジー ソリューション部 エンジニアリンググループ シニアエンジニア

1999年に鉄鋼系会社のIT部門に入社。アプリSEとしてキャリアをスタートした後、データベースエンジニアに転向。その後、製造業、IT、金融、HRと、様々な業界でデータベースエンジニアとして勤務。2019年10月にパーソルキャリアへ入社し、基幹システムARCSデータベースの性能改善やデータ基盤の在り方から見直しを図っている。現在は退職。

※2021年1月現在の情報です。