テクストの快楽は今

テクストの快楽は今

こんにちは。デジタルテクノロジー統括部 データアナリストのyyです。

トップ画像を見て、何の記事か分かった方もいるのではないでしょうか。

前回は誤植パターンを検知する記事を投稿しましたが、今回は鳥類コミュニケーションの研究について考察を書きました。

 

  1.  江戸の鶯、ハワイの鶯

     

    国立科学博物館のクジラ像を背に、東京国立博物館と両大師に挟まれた静かな道をまっすぐ進み、忍岡中学校の前を通りながら坂を下がる途中にあるのが、山手線は上野駅の隣にある鶯谷駅。
    この鶯谷駅を更に下りきった辺りを"鶯谷"と言います。
    景色に似合わぬ、風情ある地名"鶯谷"の由来ですが、京都から駐在していた公弁法親王が「江戸の鶯はなまっている」と言われ、江戸の鶯に鳴き方を学ばせようと、京都から鶯を取り寄せて放たれ、その鶯達が住み着き名所となったことから"鶯谷"となったという説があるそうです。

     

    実際、鶯のさえずり(song)は、地域によって特徴があることが知られ、先の国立科学博物館でも、その違いについて"鳥類音声データベース"として、地域による鳴き声の違いがまとめて公開されています。
    なかなか味わい深い研究内容なので、興味のある方はご確認下さい。
    ("国立科学博物館 鳥類音声データベース ウグイス")
    また、同じく 国立科学博物館 動物研究部 脊椎動物研究グループ 濱尾章二先生の、"ハワイの鶯は環境の変化に伴い、より単調なさえずりで鳴く話"も あわせてオススメします。
    (Shoji Hamao "Rapid Change in Song Structure in Introduced Japanese Bush-Warblers (Cettia diphone) in Hawai‘i" (Pacific Science, 69(1):59-66 (2015).) DOI: https://doi.org/10.2984/69.1.4 )

     

    鳥の鳴き声というと、多田富雄先生のニワトリにウズラの脳を移植して作られたキメラの鳴き声の話 の印象が強かったので(鳴き声はウズラであったと記憶しています)、
    (多田 富雄 "免疫の意味論" 青土社(1993). ISBN: 4-7917-5243-0
    Nicole M Le Douarin, Kyoko Tan, Marc Hallonet, Masae Kinutani "Studying brain development with quail-chick neural chimeras." (Acta Anat Nippon 68 152-161 1993) PMID: 8337929)
    鳥のさえずりさえもが、先天的に、その鳥固有の形が既に決まってあるように考えていたので、仲間の模倣によって鳥のさえずり方が形成されていくという話に最初は驚きました。

     

    しかし最近では、鳥にもミラーニューロンがあるとされ、鳥のさえずりは、後天的な、学習によって習得されるという話で納得しています。
    (Greg Miller "Neuroscience. Mirror neurons may help songbirds stay in tune" (SCIENCE 18 Jan 2008, Vol319: Issue 5861 p.269) DOI:https://doi.org/10.1126/science.319.5861.269a,
    Hisataka Fujimoto, Taku Hasegawa and Dai Watanabe "Neural Coding of Syntactic Structure in Learned Vocalizations in the Songbird" (Journal of Neuroscience 6 July 2011, 31 (27) 10023-10033) DOI: https://doi.org/10.1523/JNEUROSCI.1606-11.2011)



  2.  シジュウカラの言葉

     

    NHKの とあるテレビ番組でも扱われ、
    ("世界初! 「鳥の言葉」を証明した“スゴい研究”の「中身」 『ピーツピ・ヂヂヂヂ』" NHK総合 サイエンスZERO,
    "聞いてびっくり!鳥語講座" NHK総合 ダーウィンが来た! 等)
    または、令和3年度からの 中学生の 国語の教科書にも載っているので
    ( 鈴木 俊貴 "「言葉」をもつ鳥、シジュウカラ" 中学校教科書「中学国語1」 光村図書)
    有名だと思いますが、
    京都大学 白眉センター 鈴木俊貴先生による シジュウカラの一連の研究が面白いです。


    シジュウカラが、捕食者である蛇に対してかけた鳴き声"ジャージャー"に対して興味を持ち、そこから 10年かけて 鳴き声"ジャージャー"が 蛇を意味する単語であることを突き止め、更に シジュウカラが この単語を用いて 仲間に 蛇の存在を示す話なのですが、そこには色々な驚きがあります。
    (Toshitaka N. Suzuki "Alarm calls evoke a visual search image of a predator in birds" (PNAS February 13, 2018 115 (7) 1541-1545) DOI: https://doi.org/10.1073/pnas.1718884115 )

     

    まず、シジュウカラの発声レパートリーに用いられる音素に対し、その音素の組み合わせや順番に意味性のあることを、また 音素の組み合わせや順番を変えた合成音声を流してシジュウカラの反応を調べる実験から、シジュウカラの反応の違い ひいては意味の違いを見出し、シジュウカラの文法的規則を発見する話から すでに楽しめます。
    (Toshitaka N. Suzuki, David Wheatcroft, Michael Griesser “Experimental evidence for compositional syntax in bird calls” (Nature Communications, vol.7, 10986, 2016) DOI: https://doi.org/10.1038/ncomms10986,
    Toshitaka N. Suzuki, David Wheatcroft, Michael Griesser “Wild birds use an ordering rule to decode novel call sequences” (Current Biology, vol.27, 2331-2336, 2017): DOI: https://doi.org/10.1016/j.cub.2017.06.031)

     

    次に、捕食者である蛇やカラスなどを それぞれ異なる鳴き声(単語)を用いて、警戒を伝えていることが分かります。
    シジュウカラは、つがいや雛などの仲間に 外敵からの警戒を伝えるために 名詞や文法構造のある言葉が使って指示していることが実証されたと言うことです。

     

    更に、最近では動物一般の言語獲得における文法構造の進化的過程に対する考察や
    (Toshitaka N. Suzuki, David Wheatcroft, Michael Griesser "Call combinations in birds and the evolution of compositional syntax" (PLoS Biology, 16(8) e2006532 2018) DOI: https://doi.org/10.1371/journal.pbio.2006532,
    Toshitaka N. Suzuki, Klaus Zuberbühler "Animal syntax" (Current Biology, vol.29, issue 14, PR669-R671, July 22, 2019) DOI: https://doi.org/10.1016/j.cub.2019.05.045)
    シジュウカラ のみならず、周囲の動物にも意味が伝わっていたとする話まで
    (Toshitaka N Suzuki "Other Species' Alarm Calls Evoke a Predator-Specific Search Image in Birds." (Current biology, vol.30, issue 13, P2616-2620.E2, July 06, 2020) DOI: https://doi.org/10.1016/j.cub.2020.04.062)
    幅広い話の展開を見せています。

     

    そして最後に、ヒト固有のものではなくなった言葉に対し、"動物言語学"という新しい領域を創出して まだまだ先へと進んでいます。
    (Toshitaka N. Suzuki "Animal linguistics: Exploring referentiality and compositionality in bird calls" (Ecological Research, vol.36, issue2, Pages 221-231, March 2021) DOI: https://doi.org/10.1111/1440-1703.12200
    "動物言語学の創出と展開" (JST))

     

    ヒトのみならず動物も言葉を持っている。少し昔には確認されなかった世界が、今まさに 大きな広がりを見せています。
    (もちろん、
    Robert C Berwick 1, Kazuo Okanoya, Gabriel J L Beckers, Johan J Bolhuis "Songs to syntax: the linguistics of birdsong" (Trends Cogn Sci, 15(3):113-21, March 2011) DOI: https://doi.org/10.1016/j.tics.2011.01.002
    岡ノ谷 一夫 "小鳥の歌からヒトの言葉へ" 岩波書店(2003). ISBN: 4-00006-592-0
    など、様々なアプローチもありましたが、より具体的な 実証確認が取れるようになった所が ポイントだと思います)



  3.  ソロモンの指環と野生

     

    シジュウカラの 文法も単語も 分かってきたので、シジュウカラと話すことができるようになるのでしょうか?

     

    今のところ、シジュウカラや仲間の鳥達から 外敵となる捕食者(蛇やカラスなど)が 巣に近づいていることを聞くことは、または シジュウカラに向けて ヒトから鳥達に 彼らの巣に近づく 蛇の存在を伝えることは出来そうですが、我々の想像するような鳥達とヒトの間での 双方向での言葉のやりとりは、難しそうな気がします。

    その様子について、慶應義塾大学 環境情報学部 今井むつみ先生は、これら動物の言葉のあり様を "狼煙的"と 表現されていましたが、私の中では とても しっくりと来る 表現でした。
    (【第16回共創言語進化セミナー】 "語彙習得と記号接地:語彙システム構築のために必要な推論とその起源" その質疑の中で)

     

    野生のシジュウカラにおいて、危険を察知した際に 悠長に双方向での言葉のやり取りをしていては、結果 シジュウカラという種が 淘汰されてしまうので、すぐにでも危険を知らしめるために一方的/指示的な言葉を用いる必要があります。
    対して、群れをなし 更には 常に外敵から襲われる心配のない 安全なコミュニティ形成を経て 家畜化したヒトは、受け取った言葉から状況や背景を含めて意味を解釈する 双方向でのやりとりが可能なように、言葉 から 脳の構造さえも異なるという話があります。
    (James Thomas, Simon Kirby "Self domestication and the evolution of language" (Biology & Philosophy vol.33, Article num.9, 2018) DOI: https://doi.org/10.1007/s10539-018-9612-8,
    Antonio Benítez-Burraco, Constantina Theofanopoulou, Cedric Boeckx "Globularization and Domestication" (Topoi vol.37, 265–278p, 2018) DOI: https://doi.org/10.1007/s11245-016-9399-7)

    更には 文化として 解釈した意味を脈々と保存し続ける様は、鳥とヒトでは異なるようです。
    (Mutsumi Imai, Junko Kanero and Takahiko Masuda "Culture, Language and Thought" (Oxford Research Encyclopedia of Psychology, 2020) DOI: https://doi.org/10.1093/acrefore/9780190236557.013.579,
    "アジアと欧米:コミュニケーションの文化差から言語の獲得過程を探る" (JSPS特別推進研究) )

     

    シジュウカラと言葉を介して やりとりを行うのは 難しそうです。



  4.  言葉の計算

     

    とは言え、ヒトはヒト以外のものと言葉によるコミュニケーションをとることができないのでしょうか?

     

    例えば、北陸先端科学技術大学院大学 知識科学系 橋本敬先生は、言語を 時間によって変化する ダイナミックなシステムとして捉え、構成論的な立場から 言語の研究をされています。
    (橋本敬 "言語進化とはどのような問題か? ~ 構成論的な立場から What Is Problem of Language Evolution? – From Constructive Perspective" (人工知能学会全国大会論文集(CD-ROM), 18th, 1Cs-2, 2004), ISSN: 1347-9881)

     

    そこには、再帰的な 記号系システムから、 互いに共有する語彙の発達過程についてや、文法の生成過程など様々な研究結果を知ることができます。
    (Luc L. Steels "The Talking Heads experiment: Origins of words and meanings" Saint Philip Street Press (2020) ISBN: 1013285204,
    Takashi Hashimoto "Dynamics of Internal and Global Structure through Linguistic Interactions" (MULTI-AGENT SYSTEMS AND AGENT-BASED SIMULATION, 1534, 124-139, 1998) DOI: http://dx.doi.org/10.1007/10692956_9
    Morten H. Christiansen and Simon Kirby "Language Evolution" Oxford Scholarship Online(2010) ISBN: 9780199244843 DOI: https://10.1093/acprof:oso/9780199244843.001.0001)

     

    そもそも、言葉とは何か? コミュニケーションとは何か? という哲学的とも言える難しい問題がありますが、少なくとも 我々が用いている言葉に近いものは構成論的にも再現が可能そうだと見ることができます。
    では、コミュニケーションはどうでしょう?

     

    周囲の環境や状況に応じてリアルタイムに自律/自発的に動く ロボット"機械人間オルタ" が指揮するオペラ "Scary Beauty"。
    (Scary Beauty "Android Opera "Scary Beauty" - Keiichiro Shibuya at New National Theatre, Tokyo" YouTube(2019))
    または、傀儡神楽 ALTER the android KAGURA JPでの 神楽を舞う(?)姿を見るに、
    (ALIFE Lab. ";傀儡神楽 Alter the Android KAGURA アンドロイド × 能 | Ghost in the Shell" YouTube(2021))
    芸術的なインタラクションとは すでに ヒト-ヒトでなくても良いようにさえ思えてきます。
    # 実際、人工無能とは言い難い AIスピーカーとの会話も日常的な光景に近づいていますし...
    (江久井 "AIスピーカーと独身サラリーマン" 集英社 (2021) ISBN: 4087927474 他)

     

    つまり、私たちには ヒト以外とのコミュニケーションの余地があると言えそうです。
    最近では、この一連のやりとりと そこに発生する意味的なモノを どう文化として保存していくと面白いか? そんなことが気になっています。

 

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デジタルテクノロジー統括部 デジタルビジネス部 アナリティクスグループ リードデータアナリスト

娘に振り回されっぱなしの毎日です。

 

※2022年1月現在の情報です。