駒澤大学 井上智洋准教授×パーソルキャリア 橋本紀子【スペシャル対談】AI時代に求められるのは「キャリアの掛け算」

駒澤大学 井上智洋准教授×パーソルキャリア 橋本紀子

現在、ビジネスのさまざまな場面でAIの活用が進んでいます。パーソルキャリアでも、キャリアアドバイザーの育成を目的とした音声データの活用や、転職サービスにおけるレコメンド精度向上など、AIを利用した新しい取り組みを推進しています。

一方で、「人間の仕事を奪う」といった話も耳にするAI。そんなAIがビジネスに与える影響を知るべく、駒澤大学准教授・井上智洋さんを迎えて対談を行いました。専門は経済学でありながら、学部生時代の研究やITエンジニアとしての経験を生かし、AIを経済の観点から多角的に論じる井上准教授は、これからの働き方の変化をどのように見ているのでしょうか。対談相手は、パーソルキャリア テクノロジー本部 デジタルテクノロジー統括部 シニアストラテジストである橋本紀子が務めます。

※この記事は2020年2月に取材したものです。

※橋本は退職していますが、本人の同意を得て掲載を継続しています。

 

脈絡のないキャリアが今のスタイルにつながっている

橋本:本日はよろしくお願いします! 先生の本やご活動をいろいろと拝見しましたが、エンジニアから経済学……かなり異色な経歴を積まれていますよね。学生の頃から理系だったんですか?

井上:こちらこそお願いします。大学では「環境情報学部」というところで学んでいました。一応文系という括りなのですが、理系寄りの科目が多い学部です。大学1年の必修科目にプログラミングの授業があって、僕が卒業したSFC(慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス)は、文理融合の学部が設置されているところなんです。SFCは設立されて30年が経ちますが、「文系でもテクノロジーを知っておかなければならない時代が来る」ということを、30年前からわかっていたみたいですね。帰国子女が多い環境でもあって、「グローバルな視野を持っている人」と「テクノロジーに精通している人」両方が活躍できるのがSFCの特徴だったと思います。

橋本:では、先生は当時からテクノロジーに詳しかったのでしょうか?

井上:いえいえ、僕はコンピュータがもともと得意だったわけではなくて(笑)。 大学を卒業してITエンジニアになったんですが、その仕事もあまり向いていませんでした。経済学に興味を持つようになったのはその後なんですよ。

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橋本:先生はその後、早稲田大学大学院(経済学研究科)に入学されたんですよね。そこにはどういった経緯があったのでしょうか?

井上:自分に向いていることをインターネットで探していたら、経済学が面白いんじゃないかなと思ったんです。もともと、社会と数学が得意だったこともあって。

経済学は、掴みどころのないカオスなものを分析して取り扱う学問です。分析は数学的な視点で行いつつも、社会的な視点も必要になります。その2つの視点が生かせるのは経済学なんじゃないか、と。そう思ってすぐに飛びつきました。専門を経済学に変えて大学院に入り直すと言ったら、周囲の人間はあっけにとられていましたが(笑)。

橋本:「面白そうなものにすぐ飛びついてしまう」ことは、私自身もすごく身に覚えがあります(笑)。新卒で食品の研究職に就いてから看護の仕事に転職したり、起業を経験してからIT会社やコンサルティング企業に勤めたり、よくわからない経歴をたどっているので、「脈絡のないキャリア」だとよく言われるんですよ。でも、自分の中では脈絡がないわけではなくて。

井上:そうなんですよね。他人からしてみれば脈絡のない人生だけど、自分の中ではつながっている。僕もAIブームに乗って原稿を書いていたら、いつの間にか「経済学の視点からAIについて論じる経済学者」と見られるようになっていたんです。

日本のAIは「幻滅期」。井の中の蛙になってはいけない

——数年前から「AI」が盛り上がりを見せているとされています。しかし、AIで実生活に大きな変化が起きているという実感はそこまで得られていない……という人も多いのではないかと思います。

橋本:確かに、現在はそういった状況かもしれないですね。企業は、AIに限らず流行りの研究にたくさん手を出すのですが、その取り組みを継続できないんですよ。利益になかなか結びつかず、3年くらいで研究が打ち切られてしまう、という印象です。

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橋本:なかなか利益に結びつかない状況で研究を続けられる会社は本当に少なくて。そういった「ブームに乗った企業が離れ、研究発展が壁にぶつかること」を、「死の谷(デスバレー)」と呼ぶこともあります。

井上:「ハイプ・サイクル」(※)と似たような話ですね。現在の日本におけるAIは、過度な期待をかけられて、その盛り上がりが一旦落ち着いた「幻滅期」にあると言えるんです。

※ハイプ・サイクル:新しく登場したテクノロジーが世の中に定着するまでの期待度の移り変わりを示したグラフのこと。新しい技術は登場してまもなく注目される「黎明期」の後、過度な期待を集めて「幻滅期」を迎え期待度が下降。具体的な事例が増えてくる「啓蒙活動期」を経て、最終的には発展・世の中に定着する「生産性の安定期」を迎えるとされている。

橋本:なるほど。その期待の下降を乗り越えた先に、盛り上がりが戻ってきて、ようやくAI技術が定着するんですね。

——現在の日本のAIは幻滅期とのことでしたが、海外ではまた事情が違っているのでしょうか?

井上:ハイプ・サイクルのグラフを見ると、たとえばアメリカでは、同じAIの関連ワードでも「敵対的生成ネットワーク」や「感情AI」といった個別の具体的な言葉が注目を集め始めている状況です。一方で日本では「人工知能」とか「AI」といった大きな括りでしか一般的に認知されていないようです。

橋本:日本人はAI技術に関する理解がかなりざっくりしているのかもしれないですね。先生は、日本での技術発展が遅れている理由はどういったところにあると考えていますか?

井上:印鑑文化のような、これまでの慣習やお約束をなかなか捨てられないからでしょうか。「オフィスのペーパーレス化」といいますが、PDFをメールで添付して書類を提出しても「ハンコが押されてないからダメ」というケースも結構あります。

橋本:印鑑文化が根強い理由には、日本の国土の狭さもあるのかもしれないですね。サインをもらう先が目の前にいる上司であれば問題ないですが、本社が海外にあるとなると物理的に難しくなる。こうした状況では、諸外国に遅れをとるのも仕方がない状況ですよね。

——では、これからどういった国が発展していくのでしょう?

井上:僕は、アメリカと中国、そこにインドを足した三か国が三つ巴になって覇権争いを行い、そういった国々を中心に技術と経済の発展がすすんでいくと予測しています。

「日本の市場はガラパゴス化している」とよく言いますが、中国はそれ以上にガラパゴス化しているんです。ただ、中国の人口は約14億人で、ガラパゴスというには巨大すぎる国内市場があるので、国内でも大きく育つんです。インドも、中国と同じくらいの人口がいて、かつITに強い。

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井上:大きな発展を続けているなかでも、中国の方とお会いすると「私たちはまだまだ海外からたくさんのこと学ばないといけない」という謙虚な姿勢の人が多いんですよ。「井の中の蛙」じゃないですが、日本は、今一度、中国をはじめ諸外国から学ぶ意識を持ったほうがいいかもしれません。

AI時代のITエンジニアには「ホスピタリティ」が必要?

——AIテクノロジーの普及が足踏み状態の一方で、「AIが人の仕事を奪う」という言説もしばしば耳にします。AIが普及した場合、たとえば、ITエンジニアはどのような状況に直面するのでしょう?

井上:難しい問題ですが、そもそもAIを開発するのがITエンジニアなので、引き続きITエンジニアの仕事に一定の需要はあるでしょう。

さらに、「AIソリューション・プランナー」のような新しい仕事が生まれるのだろうと僕は想像しています。AIを使った問題の解決方法を提案するお仕事です。そういう人が、AIをどう活用していいのか分からなくて困っている現場の人と、開発する能力は持っているけれど現場の問題を知らないエンジニアとの橋渡しの役割を果たすようになると思います。

橋本:なるほど。顧客の課題を把握したソリューションを提案するといった文系・理系の考え方を活かした両刀使いができるかもしれません。こういったところにも、文系・理系に関係なくテクノロジーに関わる必要性が表れてくるんですね。

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井上:僕はよく「AIは“孫の手”を発明できない」と言っています。「かゆい」という感覚がわからないことはもちろんですし、「先っぽがカーブしている棒を作ると掻きやすくていいだろう」みたいに、人間の感性を満足させるような最適な手段を見つけることがAIにはすごく難しいんです。つまり、これからのビジネスパーソンにはAIにはできない問題を発見し、解決していく力が求められるようになるんだと思います。

——なるほど。さらに広く言えば、人と人との関わりが必要不可欠な仕事の重要度がより増していくということでしょうか?

井上:これからは、ホスピタリティが求められる仕事とそうでない仕事に、二極化していくでしょうね。たとえばバーテンダーや行きつけのお店にいる顔なじみの店員さんなどは、まさに「“その人”が介在することではじめて価値が出る仕事」です。一方で、コンビニやスーパーのレジなど、人によるホスピタリティの価値が低い仕事はどんどん自動化されていくだろうと思います。

橋本:セルフレジは便利なのに、日本ではなかなか普及していかないですよね。私が2012年頃にアメリカに滞在していた頃は、ニューヨークのドラッグストアではすでにセルフレジが導入されていた記憶があります。お店には管理者が1人いるだけで人的コストもかかっていませんし、未会計の商品を持っていると出口のゲートが開かない仕組みになっているんです。

井上:それを一度経験してしまうと、日本はサービスが手厚すぎると思っちゃいますよね。

橋本:お店側がサービス過剰なので、お客さんもそれに慣れてしまっているんですよね。始めから「自分でやるもの」と思っていれば、そういう違和感も持たないようになるかもしれません。

井上:最近の学生を見ていると、セルフレジも普通に使うし、バーだって「機械がお酒を作ってくれればいいじゃん」と思っている。若い人ほどホスピタリティを求めなくなっているのかな、と思うこともありますね。

枠にとらわれず好きな時に好きなことを学んで、積み重ねるキャリア

——では、これから大切になるのは「問題を発見して解決策を提案する」能力で、文系の人であっても技術に関する知識を身に着けておかなければいけない、と。

橋本:でもそれは、逆も然りなんですよ。「自分は技術に注力したいので」と、文系分野のことを知ろうとしないエンジニアも少なくない。

社会課題に無頓着だったり法律のことをわかっていなかったりすると、新しいことをやろうとした時に上手くいかないことがあります。社会にインパクトを与えられるアイデアを思いついても、「社会に普及させるにはどうしたらいいんだろう?」「法律上はどうなんだろう?」と立ち止まって考える必要があります。

井上:さらに言えば、人に迷惑をかけてはいけないのはもちろんですが、時にはグレーな部分にあえて挑んでいったほうがいい場面もあるかもしれないですよね。日本ではグレーどころか法律的には問題ないことであってもペナルティを課せられることがありますから。

駒澤大学 井上智洋准教授×パーソルキャリア 橋本紀子

橋本:新しい取り組みをするうえでも、「それが世の中にどういう影響を与えるのか」は深く考えなければいけません。結局、大事なのはバランスですよね。「自分は理系だから/文系だから」と言わず、専門性にとらわれずに、もっといろいろなことに興味を持つことが大切になっていくと思います。

そう考えると、文系・理系の垣根を越えてご活動されている井上先生のような人材がより必要になってくるかもしれませんよね?

井上:実は、私が経済学の勉強をし始めた頃は「これでコンピュータの世界とはおさらばかな」と思っていたんですよ。でも、その後AIを論じるようになって、昔やっていたことと、今やっていることが知らないうちに融合してきたという感じです。

コンピュータと経済学、その両方の知識があるから、オリジナリティのある主張ができるようになったのかもしれませんね。

橋本キャリア論でいう「ライフキャリアレインボー」(※)ですね。私も、興味を持ったことや身近な人から勧められたことをやっていたら、気がついたら今のようなキャリアになったんです。

※ライフキャリアレインボー:キャリアは、職業だけでなく、それぞれの年齢や生活において経験したことが反映されて形作られていくという考え方。

以前にIBMがWatsonを活用して料理レシピ(シェフ・ワトソン)を作り始めた時期があったじゃないですか。ちょうどその時に私もITに関する仕事をやっていて、以前やっていた栄養士の知識と今の仕事がつながった! と驚いた記憶があります。自分の中ではとっくに捨てたと思っている経歴でも、忘れた頃に役に立ってくるんですよね。キャリアは掛け算で生まれるのだと実感しています。

井上:やっぱり、脈絡がないキャリアでもそれぞれがつながって、後から役に立ってくるんですよ。

考えれば考えるほど、私がSFCで経験したことが、そのまま今の時代でも必要なんだなと感じています。

この間、SFCの環境情報学部初代学部長の相磯(秀夫)名誉教授とお会いする機会があったんです。そこで「君こそSFCの教育理念を体現した卒業生だ」とお墨付きをいただきまして(笑)。学生時代は本当に目立たない学生だったんですが、結果として文理融合して仕事ができているのが、「SFC的」なのでしょうね。

橋本:私も自分の興味の範囲がどんどん広がってきて、今は芸術の勉強をしているんですよ。実は、昨年美大に入学して、大学生をやっていて。若手に「広くいろいろなことに興味を持ちなさい」というのであれば、まずは自分から率先してやっていかないといけないですからね。

井上:それはすごいですね! 僕も経済学を教えながらも「経済学部の学生だからといって経済学だけ勉強していればいいのか」というのは常々疑問に思っています。「経済学だけ勉強してどうするんだろう?」と。むしろ学部のような括りを取っ払って、勉強に限らずいろいろな経験をしたほうがいいと思うんです。

「文系だから」「理系だから」という枠にとらわれなくてもいいんです。好きなことを好きな時に学んで、その組み合わせで社会で活躍するのが理想ですね。

(文・編集=ノオト/写真=西田優太)

駒澤大学 井上智洋准教授×パーソルキャリア 橋本紀子

駒澤大学 井上智洋准教授

井上 智洋 Tomohiro Inoue

駒澤大学経済学部准教授 早稲田大学非常勤講師 慶應義塾大学SFC研究所上席研究員 博士(経済学)

慶應義塾大学環境情報学部卒業。2011年に早稲田大学大学院経済学研究科で博士号を取得。早稲田大学政治経済学部助教、駒澤大学経済学部講師を経て、2017年より同大学准教授。専門はマクロ経済学。最近は人工知能が経済に与える影響について論じることが多い。AI社会論研究会共同発起人。著書に『新しいJavaの教科書』『人工知能と経済の未来』『ヘリコプターマネー』『AI時代の新・ベーシックインカム論』『純粋機械化経済』『MMT』などがある。

パーソルキャリア 橋本紀子

橋本 紀子 Noriko Hashimoto

テクノロジー本部 デジタルテクノロジー統括部 事業開発 / R&D 部 事業開発グループ シニアストラテジスト

新卒で食品会社研究所に入社し、新商品開発に従事。その後起業・廃業を経験し、2006年SIerに入社。顧客行動やロイヤルティなどの研究・顧客企業の販売戦略や新規事業立案等に従事。2016年より金融機関に出向し、一次産業の経営に関するコンテンツの企画・運用などに幅広く携わる。2019年パーソルキャリアに入社。データ活用・分析における研究に従事。社外では、日本ダイレクトマーケティング学会 デジタル・マーケティング・アナリティックス研究部会、日本マーケティング学会などにも名を連ねる。現在は退職。

※2020年4月現在の情報です。