「正解のないまま、意思決定を求められる」
プロダクトマネージャー(以下、PdM)としてはたらく中で、そんな場面に覚えのある方も多いのではないでしょうか。事業成長の鍵を握るポジションでありながら、理想と現実のギャップに悩むことも……。
ユーザー・ビジネス・開発――すべてのバランスを取りながら、“次の一手”を探り続ける。そんな“曖昧さの中で戦う”PdMという役割に、まっすぐ向き合い続けているのが、ハイクラス転職サービス「doda X」のプロダクト責任者 井出 岳人です。
経営視点を持ちながらも、日々チームとともにプロダクトの最前線に立ち続ける井出が語るのは、意思決定の裏側にある「覚悟」と「問い続ける力」でした。本記事では、PdMとしての視座、チームとの関わり方、そして今まさに向き合っている挑戦まで、井出のリアルを深掘っていきます。
PdMとして「次のステージ」を考えるあなたにこそ、読んでほしい内容です。
- PdMという言葉がなかった時代から、姿勢で体現してきた“価値の出し方”
- テクノロジーで“転職体験”を再定義する──PdMが挑む、業界変革の最前線
- 正解のない世界でも、止まらない。意思決定を貫くPdMの覚悟
- レールそのものを自ら敷いていく。パーソルキャリアで挑む“本質的な変革”
PdMという言葉がなかった時代から、姿勢で体現してきた“価値の出し方”
――本日はよろしくお願いします。まずは、井出さんのこれまでの経歴と現在の役割を教えてください。
井出:2014年に新卒でパーソルキャリアへ入社し、最初の3年間は、採用ソリューションを提案する営業職を担当しました。その後、社内の「キャリアチャレンジ制度」を活用し、アルバイト求人情報サービス「an」のプロダクト企画へ異動しました。
ここで初めてプロダクト企画に関わるようになったんです。法人向けサービスの設計から販売戦略の立案・実行まで幅広く携わった経験が、今の自分の土台になっています。
2019年には、スカウト配信プラットフォーム「dodaMaps」を担当するようになり、当初は私ひとりで企画を進める体制でした。そのため、プロダクトマネジメントやデータ整備、顧客体験の設計など、必要なことをすべて自分で対応していました。
そうした経験を重ね、2023年4月からは「doda X」全体のプロダクト組織を統括するゼネラルマネジャーとして、組織運営とプロダクト戦略をリードしています。
――PdMという肩書が社内になかった時代から、“PdM的”な動きをされていたのですね。
井出:当時はまだ社内に「PdM」という明確な定義がなかったので、自分ができることを先回りして拾っていく――そんな姿勢で動いていました。
意識していたのは、「このプロダクトで何を変えるべきか」「どう事業の成長に繋げるか」という視点で課題を見極めることです。そのうえで、ディレクターと共に要件を定義し、開発へと繋げていく。そうした中、自然とPdMやプロダクトマーケティングマネージャー(PMM)に近い役割を担っていたと思います。
――井出さん自身はPdMとしての強みがどのように培われていったと自覚されていますか?
井出:営業やプロダクト企画を経験してきたので、事業やプロダクトを伸ばすために何が必要なのか?を事業構造から分解して、取り組みを示せることだと思っています。そのために、事業課題や事業シナジーから探索していくことが多いですね。
――「プロダクトで事業を成長させる」というPdMの役割について、社内では以前から共通認識だったのでしょうか?
井出:パーソルキャリアでも、ここ数年でPdMの役割が浸透してきていますが、これまでは「法人企業様の応募を増やす人」という捉え方をされているケースも少なくありませんでした。
しかし、PdMの本質的な役割はそこではありません。ビジネス構造を深く理解し、プロダクトの力で事業を成長させていくことにこそ、PdMの存在意義があると考えています。
――リードPdMとして、チームとの関わり方で意識されている点を教えてください。
井出:現在、doda Xのプロダクト組織には5つの開発チームがあり、各スクラムチーム やプロジェクトチームに専任のプロダクトオーナー(PO)を配置しています。
基本的には、企画の承認や優先順位の判断といった意思決定はPOに任せています。任せることで、課題解決のスピードが早まり、人材も育つと考えているので、意識的に任せる範囲を広げるようにしているんです。
もちろん、任せるだけでなく、ロードマップのレビューや1on1を通じて、必要に応じた支援や調整は欠かせません。また、顧客体験に関わる重要な要素は「UX確認会議」で精査し、プロダクト全体としてUXの一貫性を保つようにしています。
テクノロジーで“転職体験”を再定義する──PdMが挑む、業界変革の最前線
――doda Xという事業において、PdMならではの「経営インパクト」はどのように感じていますか?
井出:doda Xが注力しているハイクラス層は、HR市場全体で見ると10~15%程度を占めると見られています*1。決して大きなボリュームではありませんが、転職人口の成長率が高まっており 、近年特にその勢いを感じています。これは経営層とも認識が一致している部分ですね。
その中で私たちが目指しているのは、ハイクラス層が求める「まったく新しい転職体験」を提供することです。ハイクラス層の多くは、 今後のキャリア戦略の策定から転職活動に至るまでを自走されるケースが多いことからも「自分にとって本当に合う選択肢に出会えるか」を重視しています。つまり、その時に必要とされる体験も、プロダクトに求められるUXもテックドリブンで支援できると考えています。
このようなユーザー理解を踏まえプロダクトが提供すべき体験そのものを再定義し、ステークホルダーと協働してビジネスの構造を変え、事業グロースに繋げること。それが、PdMとしての経営インパクトだと思います。
――ハイクラス層にとって最適な転職体験を、テクノロジーで実現するために、今後どのような取り組みを考えていますか?
井出:まず大切なのは、「一人ひとりの情報をどれだけ深く、正確に捉えられるか」だと考えています。現在は、レジュメや求人情報をもとに、機械学習やAIを活用したマッチングロジックを構築しています。しかし課題は、志向性や価値観といった“言語化しにくい情報”をどう取り扱うかです。
LLMなどの生成AI技術を活用することで、レジュメでは見えない“価値観ベースのマッチング”を実現できると考えています。実は、HR業界は他業界よりも先行して、生成AI技術がサービス活用され収益化に繋がりはじめています。競合も積極的にテクノロジーの進化を活用しており、業界全体に求められるUXの基準もアップデートしていくので、我々も積極的に挑戦していくべきですね。
――競合サービスとの差別化は、どのように捉えていますか?
井出:doda Xのユーザーの多くは、他サービスとの併用が当たり前です。しかし、無理に差別化を追求しすぎると、かえって使いにくさや違和感に繋がるリスクがあります。
重要なのは、「この求人と出会えてよかった」と思える瞬間を、いかに高い精度で再現できるかです。結果としてUXに差が出ることはあっても、最初に向き合うべきは「ユーザーがどう感じるか」なので、そこはブラさずにいきたいですね。
――事業戦略とプロダクト戦略を繋げるうえで、井出さん自身が意識していることを教えてください。
井出:私が特に意識しているのは「組織構造の外側から全体を俯瞰する視点」です。
現在のdoda Xは、複数の事業部門が縦割りで存在しています。 部門ごとに異なる指標を追っているため、どうしても全体最適を見失いやすい構造なんですよね。
だからこそ、サービスを横断して「今どこに伸びしろがあるのか」「どの領域に事業的なインパクトがあるのか」を冷静に見極め、プロダクトが取るべき打ち手を示していく必要があります。
コスト構造が重い事業なら利益率を高めるような改善が必要ですし、利益率が高い領域であればトップラインをどう伸ばすかに注力する。そうやってプロダクトと事業の重なり合う部分を調整しながら、何をしたらプロダクトを伸ばせるかを定義していくのが私の役割だと思っています。
正解のない世界でも、止まらない。意思決定を貫くPdMの覚悟
――PdMとして、「正解のない意思決定」をする局面も多いと思います。そうした時、最終的に頼る「判断軸」や「価値観」を教えてください。
井出:私が意思決定で大切にしているのは、大きく2つあります。
一つ目は、「プロダクトがビジネスとして持続可能かどうか」を見極める視点です。たとえユーザーに受け入れられても、ビジネスとしての価値を生み出せなければ、プロダクトとして継続できません。
もうひとつは、「いち早く市場に出すスピード感」です。市場の変化が激しい今、立ち止まれば、それだけで一歩も二歩も遅れてしまいます。機密情報や個人情報を取り扱っている以上、さまざまな制約は ありますが、それを理由に立ち止まるのではなく、「どうすればリリースして価値をお届けできるのか」を考え抜くのがPdMの責任だと思っています。
そのため、いち早く市場に出し、検証しながら筋がいいかを見極め、良い兆しがあれば継続開発していく。この検証サイクルをいかに早く回せるかが、非常に重要だと捉えています。
――そうした井出さんの判断軸は、どのような経験から培われたのでしょうか?
井出:「an」の事業クローズを経験したことが大きいですね。当時は一人のメンバーとして、事業を成長させるために本気で目の前の課題改善に取り組み、一定の手応えも感じていました。しかし、それでも事業そのものが継続的にスケールする構造になっていなかったことで、クローズという判断が下されました。
この時の、どれだけ熱意を注いでも、持続的に価値を生み出せる仕組みがなければサービスは続かないといった経験が、今の意思決定にも深く根付いています。
――さまざまな立場の関係者がいる中で、スピード感を保ちながら物事を進めるのは簡単ではないと思います。どのように進めていますか?
井出:必要なら「戦いに行く」覚悟で臨みます(笑)ただ、真正面からぶつかるのではなく、「巻き込む力」が重要だと考えています。単に相手を説得するのではなく、「同じ方向を向いてもらう」ことですね。
レールそのものを自ら敷いていく。パーソルキャリアで挑む“本質的な変革”
――今のパーソルキャリアで、PdMとしてチャレンジする面白さはどこにあると感じていますか?
井出:センシティブな情報を扱う我々にとって、さまざまな制約がある中で、それ自体を変えていくことに大きな面白さがあると感じています。与えられたレールに乗るのではなく、自分たちでレールそのものを敷いていく感覚ですね。
HR業界全体で見ても、顧客体験の水準はまだまだ改善の余地があります。私たちが実施した顧客ロイヤルティを測るNPS調査でも、他社と比較して相対的な評価は高かったものの、絶対値で見ると「十分に満足している」と言い切れる状態ではありませんでした。つまり、業界全体の体験レベルが低いことの裏返しでもあると思っています。
今はまさに、私たち自身が「この業界の顧客体験の水準を塗り替える」局面にいます。一定の水準を持つプロダクトで、制約がある中でも自ら道を切り拓き、変革を推進していきたい方には、非常にフィットする環境だと思います。
――NPSの結果を含めて、そうした状況を生んでいる背景には、業界全体の慣習もあるのでしょうか?
井出:非常に大きいと思います。多くの転職サービスでは、「断られ続ける体験」が避けられない現実があります。たくさん応募しても通らない、たくさん連絡がきても自分に合わない――そうした負の体験のループが当たり前になってしまっている現実があります。
さらに、各プロダクトのUXに明確な差がつきにくい構造もあり、ユーザーからすると「どのサービスを使っても同じような印象」を受けやすいんです。だからこそ、「ユーザーにとって本質的に良い転職体験とは何か」を突き詰めることが、私たちPdMの役割だと捉えています。
――doda Xとして、これから挑戦していきたいことや目指している世界観を教えてください。
井出:doda Xが目指しているのは、ユーザーが「これは自分に合っている」と感じられる体験を、プロダクトの力で実現することです。現状、ハイクラス転職市場において、そうした個別最適なUXを追求しきれているサービスは、まだ少ないと感じています。
しかし、新たなテクノロジーを活用すれば、もっとパーソナライズされた顧客体験が実現できるはずです。doda Xは改めてそこに向き合い、2030年までの挑戦としてハイクラス層に対する理想的なUXを追求し、業界全体の体験レベルを底上げするプロダクトを作っていきたいですね。
――最後に、パーソルキャリアでPdMとして挑戦するなら、どんな価値観やスタンスの方が合うと考えますか?
井出:私たちが何より大切にしているのは、「ギブの精神」を持ち、チームとして価値を創出していく姿勢です。そのためにも、関係者と信頼関係を築きながら、共通の目標に向かって歩んでいけるスタンスは持っていてほしいですね。
また、「本当にユーザーにとって良い体験とは何か?」を常に問い続け、新しい技術や手法を積極的に取り入れながら、必要な打ち手を自ら言語化できる方にこそ、フィットする環境だと思います。
プロダクトを起点に、事業成長をリードしていきたいという強い想いのある方と、ぜひ一緒に未来を切り拓いていきたいですね。
――ありがとうございました!
(取材=伊藤秋廣(エーアイプロダクション)/文=嶋田純一/写真=原野純一)
井出 岳人 Gakuto Ide
カスタマープロダクト本部 プロダクト企画統括部 doda_Xプロダクト企画部 ゼネラルマネジャー
2014年、株式会社インテリジェンス(現パーソルキャリア株式会社)に入社。アルバイト求人情報サービス「an」、転職サービス「doda」の法人営業に従事し、業界問わず多くの企業の採用支援に携わる。その後、「an」のプロダクト企画に異動。2018年には販売戦略立案から実行推進まで行う新規部署も兼任する。2019年に人材紹介事業会社向けスカウトサービスのPdM兼PMMに従事。2023年よりハイクラス転職サービス「doda X」のプロダクト企画組織の責任者に着任。
※2025年6月現在の情報です。
*1:就業構造基本調査_2022より抜粋(https://www.stat.go.jp/data/shugyou/2022/index.html)