パーソルキャリアのデータアナリストであり、行動経済学の研究者でもある三浦が寄稿した「プログラマーのための行動経済学」が社内外から大きな反響を呼び、「行動経済学ってちょっと面白そう」「次も読みたい!」と嬉しいお声をいただきました。そこで今回は、行動経済学のステレオタイプバイアスをテーマに「Diversity, Inclusion & Equality」(※以下DI&E)の促進について考えます。
パーソルグループではビジョン「はたらいて、笑おう。」の実現に向けて、多様性にあふれるメンバーの強みを生かしていくために、「属性」「価値観」「能力」の3つの観点でDI&Eを推進しています。
一方、社会的な課題としても挙げられるように、アンコンシャスバイアスをはじめとした差別、または多様性を受け止めきれないケースがあることも事実です。
多様性への理解やアンコンシャスバイアスの自覚をどのように促進し、行動にまで落とし込んでいくべきなのか。行動経済学の研究者である三浦と、パーソルキャリアでDI&Eの推進をリードする柴口に話を聞きました。
- 「すべての“違い”を未来への可能性にするために」DI&E推進に着手
- 潜在的で無意識なバイアス=アンコンシャスバイアスの背景にあるもの
- 一朝一夕には成し遂げられない、失敗も多いテーマだと受容できる社会・体制づくりが重要に
※三浦は退職していますが、本人の同意を得て、掲載を継続しています。
「すべての“違い”を未来への可能性にするために」DI&E推進に着手
――まずは今回のテーマである「DI&E」について、パーソルグループがどのような方針で取り組みを行っているのか教えてください。
柴口:パーソルグループでは、グループビジョン「はたらいて、笑おう。」をすべての人たちが実感できる社会を実現するために、2018年からDI&E推進に取り組みはじめました。
「属性の多様性を理解する・価値観の多様性を受容する・能力の多様性を生かす」という三つのステップを設け、多様な地位や経験、価値観を混ぜ合わせてイノベーションを加速していくことをビジョンとして掲げています。
――パーソルグループがこの取り組みを通じて目指す世界観とは?
柴口:例えば、「女性が少ないから女性をたくさん採用する」と単に数合わせをすることがゴールではありません。意見を言いやすい環境にするために数に意識を向けることは大切なステップではありますが、その先で「全ての人が意見を持っている」と理解できていること、意見を否定せずに受け止められるようになることが必要です。
それらの積み重ねの中で、一人ひとりが安心して意見を言えるようになり、マジョリティだった方々が “自分たちでは気がつかなかったこと” に気がつけたとき、真にイノベーションが生まれやすくなる――それが目指す状態なのかなと思っています。
――一人ひとりの多様な意見が尊重され集まることで、従業員が安心して働けることもさることながら、イノベーションの創出にもつながるのですね。そんな世界観を実現するために、どのような施策を進められているのでしょうか。
柴口:パーソルグループでは、国内グループ29社、2万5千人*1を対象にeラーニングによるリテラシー研修を実施したほか、マネジメント層向けの研修、制度の整備、社内イントラを活用したコンテンツ配信なども行っています。
特にコンテンツ配信については、さまざまな年齢や性別、国籍、障害、性的指向などについての情報を “360度シャワー” のイメージで提供することで、「自分とは違う多様な人がいる」ことの自覚を促すことを目的としています。
そのことが、自分とは異なる人と接した際に「自分が当たり前だ」という意識を生まず、全ての人が活躍しやすい環境を作ることにつながるのだと考えています。
現状、施策はいずれも順調に進みケーススタディも重ねられてきていますが、私たちは、まだ階段を上っている途中だと理解しています。一朝一夕に達成できるものではありませんから、今後踊り場に来たときに耐えうる体力を養っていく必要がありますね。
潜在的で無意識なバイアス=アンコンシャスバイアスの背景にあるもの
――パーソルグループにおけるDI&Eの基本的な考え方の中で、潜在的で無意識なバイアス=アンコンシャスバイアスの自覚について言及されています。このアンコンシャスバイアスが起こりやすい状況とは、どのようなものなのでしょうか?
三浦:疲れている、不安を感じている、感情的になっている、急かされている場合では、深く考えることなく「男性は〇〇だから」「女性だから△△はできないだろう」とステレオタイプに拠った判断をしやすいと心理学の研究などでは言われています。(例えば、Danziger et al. 2011; Desteno et al. 2004; Me et al. 2013, Payne 2006 など*2)。
同様のことは、最近の経済学の研究でも確認されています。ある実験では、人事担当者が仮想の大学生40名分の履歴書を見て「自社にとってどれだけ魅力的か」と評価を行いました。STEM(Science, Technology, Engineering, Mathmatics)系の人材を探している人事担当者は、女性や非白人に対して低い評価をつけていることが確認されました。さらに、後半の20名分は、その差別の程度がより大きくなったと研究では報告しています。*3
――そのような無意識のバイアスがかかってしまう原因とは?
三浦:従来の経済学では、誤ったステレオタイプを持つという仮定はしておらず、ステレオタイプの下でどのような行動・帰結がもたらされるのかという方面に焦点を当ててきました。最近では、誤ったステレオタイプが、「このグループはこういう傾向がある」と思いだす場面でのエラーによって歪むのではないかというモデルが提唱されています (Bordalo et al, 2016, 2019)。ただ、研究としてもまだメカニズムなどに関しては発展段階です。
柴口:私は、高度経済成長の時代にステレオタイプが作られたという側面もあるのではと捉えています。
経済成長を支える上で、女性が働かずに男性ができるだけ長く労働時間を捻出する、という方法が最も効率が良かったはずですから。そうしていくうちに男性中心の社会になり、それが善だとされた時代に活躍した方々の考えが、彼らに育てられた層にまで受け継がれているとも言えるのではないでしょうか。
一朝一夕には成し遂げられない、失敗も多いテーマだと受容できる社会・体制づくりが重要に
――そういったアンコンシャスバイアスの自覚や、正しい多様性の理解を進めていくために、今後どんな施策を行っていこうとお考えですか?
柴口:“気がついたらそう行動していた” という感覚が大切なのかなと思っています。多様性が大切だとわかっていても、悪意なく直感で話したり行動したりしてしまう部分もあると思いますし、また昔と比べて意見が言いやすくなってきた現代の社会においては、意見を言う人のことを面倒だと感じる人々も出てきていますから。
行動経済学や行動理論に則って、自然と人が行動を起こしてくれるような仕掛けをしていくことが、誰も嫌な思いにさせずにDI&Eを推進していく方法なのかなと思いますね。
――“気がついたらそう行動していた” を引き出す施策について、現段階で何かアイデアがあればお聞かせください。
三浦:そのような施策があれば面白いですが、現時点で具体的なアイデアを出すのは難しいかなと。そもそも、実際には何が効果的かも研究ではまだわかっていないんです。
例えば、ある人種の写真を見せて「それが “誰” か」を識別させ、人種などで括らないことを癖づけるトレーニングを行ったり、ステレオタイプに合わない人を列挙してもらうなどで、「〇〇の人種は攻撃的だ・冷たい」などというステレオタイプを取り払ったり。実験室実験で、このような施策によって偏見の程度が下がったという報告があります(例えば、Dagupta and Greenwald, 2001; Lebrecht et al. 2009*4)。
ただ教育や企業などの実際の現場で検証した研究は驚くほど少ないです。最近では研究も増えては来ましたが、そういった研究の結果を集めて分析してみると、サンプルサイズが少ないのがほとんどですし、効果があったものだけをピックアップして報告される可能性が高いという指摘もあります(Paluck et al. 2021*5)。
また、実際の企業のダイバーシティ研修の効果を検証した最近の研究では、全体的で見ると研修は行動には影響していなかったという結果も報告されています。*6
メカニズムのところも含めて、今のところこれだ!という決定的な施策はまだ見つかっていない状態ですね。まずは何が効果的かをちゃんと測るところから見極めていく必要があるのではないでしょうか。
柴口:加えて昨今、さまざまな企業が女性のためのスポンサーシップや両立支援などに取り組んでいますが、これらは男性の管理職意向を上昇させている一方で、女性の管理職意向を直接上昇させていないと言う調査結果も出ているんですよね。*7
おそらく現在はまだ各企業がフィールド実験をしている状況で、あと5〜10年したら、その中で真に効果が出るものが明らかになるのかもしれませんね。
――今後施策を検討して進めていくにあたり、どのようなポイントが大切になると思われますか? それぞれのお立場からお考えをお聞かせください。
柴口:まずは、真に効果的な施策が明らかになる前に、社員一人ひとりと一対一で向き合って “相手に寄り添って育てよう” というマインドを培っておくことが必要なのではないでしょうか。それがなければ、成果が出たとしても一過性のものに留まるはずですから。
また、掴みどころのない、間違ったものの見方をしやすい “人” というものが対象だからこそ、人事領域にはエンジニアの力が不可欠になると思っています。生年月日や出身地、学歴といった紐付けやすい情報だけをもとにバイアスを見出すのではなく、より定性的な情報をかけ合わせて、傾向の分析や未来予測をしていくことが大切になるのだと思いますね。
三浦:施策を行うにあたっては “測り方” が大切になると思います。態度を直接的に聞くと、本心を明らかにしないという例がよく指摘されています*8。差別的な態度を持っています、と公言するような方はいないでしょうし、あるいは自分は良い人だと思いたいという意識があるために、回答が歪められるわけです。
社会心理学などの領域においてこの辺りの研究が進んでいるので、それらも含めて施策や研究を進めていければ良いのかなと思っています。
また何より、非常にセンシティブなテーマではあるため、企業として取り組むことの難しさもあるとは思いますが、初めは失敗が多いものだと受け止められる社会と体制を作っていくことが大切になるのかなと思います。
――ありがとうございました!
(取材=伊藤秋廣(エーアイプロダクション)/文=永田遥奈/撮影=古宮こうき)
柴口 幸子 Sachiko Shibaguchi
DI&E推進部 人事推進グループ
1995年にインテリジェンス入社。派遣営業、SQC、リーガル等を歴任し、2016年PHD/PTSへ出向。2018年コンプライアンス室へ帰任し2019年よりDI&Eを担当。
三浦 貴弘 Takahiro Miura
デジタルテクノロジー統括部 デジタルビジネス部 アナリティクスグループ アナリスト
2020 年にパーソルキャリア株式会社入社。A/B テストの実験計画作成などに関わる。 専門は行動経済学・労働経済学。先延ばしの研究をしていますが、研究も先延ばししがちです。現在は退職。
※2022年11月現在の情報です
*1:https://www.persol-group.co.jp/sustainability/diversity/topics/topics09.html
*2:- DeSteno, D., Dasgupta, N., Bartlett, M. Y., & Cajdric, A. (2004). Prejudice from thin air: The effect of emotion on automatic intergroup attitudes. Psychological Science, 15(5), 319-324.
- Ma, D. S., Correll, J., Wittenbrink, B., Bar-Anan, Y., Sriram, N., & Nosek, B. A. (2013). When fatigue turns deadly: The association between fatigue and racial bias in the decision to shoot. Basic and applied social psychology, 35(6), 515-524.
- Danziger, S., Levav, J., & Avnaim-Pesso, L. (2011). Extraneous factors in judicial decisions. Proceedings of the National Academy of Sciences, 108(17), 6889-6892.
- Payne, B. K. (2006). Weapon bias: Split-second decisions and unintended stereotyping. Current directions in psychological science, 15(6), 287-291.
*3:Kessler, J. B., Low, C., & Sullivan, C. D. (2019). Incentivized resume rating: Eliciting employer preferences without deception. American Economic Review, 109(11), 3713-44.
*4:- Dasgupta, N., & Greenwald, A. G. (2001). On the malleability of automatic attitudes: combating automatic prejudice with images of admired and disliked individuals. Journal of personality and social psychology, 81(5), 800.
- Lebrecht, S., Pierce, L. J., Tarr, M. J., & Tanaka, J. W. (2009). Perceptual other-race training reduces implicit racial bias. PloS one, 4(1), e4215.
*5:Paluck, E. L., Porat, R., Clark, C. S., & Green, D. P. (2021). Prejudice reduction: Progress and challenges. Annual review of psychology, 72, 533-560.
*6:Chang, E. H., Milkman, K. L., Gromet, D. M., Rebele, R. W., Massey, C., Duckworth, A. L., & Grant, A. M. (2019). The mixed effects of online diversity training. Proceedings of the National Academy of Sciences, 116(16), 7778-7783.
*7:女性活躍推進に関する定量調査」/パーソル総合研究所
*8:Holbrook, A. L., & Krosnick, J. A. (2010). Social desirability bias in voter turnout reports: Tests using the item count technique. Public Opinion Quarterly, 74(1), 37-67.