エージェント事業BITA部では、求職者の情報や企業からの求人情報を管理する社内基幹システム「ARCS(アークス)」の大規模な刷新プロジェクトを進めています。
ARCSは、キャリアアドバイザーやリクルーティングアドバイザーなど多くの社員が日々の業務で使いつづける、いわば「相棒」のようなもの。しかしプロジェクト発足以前は、度重なる改修や機能追加によってシステム全体が複雑化し、業務に支障をきたしていました。また外注も多く、社内にノウハウが蓄積されていない……。
そこで、この刷新プロジェクトを通してシステムの内製化を推進。計画のきっかけや反響について、プロジェクトに長年携わってきた内藤千稔、戸澤和俊、石井孝典の3名に話を聞きました。
※戸澤は退職していますが、本人の同意を得て掲載を継続しています。
増築を重ね、複雑になりすぎたシステム……板挟みゆえの葛藤
——改めて「ARCS」のシステムについて教えてください。
内藤:簡単に言うと、ARCSは「doda」に登録した転職希望者の名前や経歴、転職理由、紹介した求人の履歴などの個人の情報から、企業人事からお預かりしている求人の職務内容、年収、勤務地などの情報をまとめて管理しているデータベースのことです。全国にいるdodaの営業担当者、数千人の社員が使用する基幹システムですね。
——そんな重要なシステムで、なぜ大規模な改修が必要になったのでしょう。
内藤:システムが最初に立ち上がったのは10年ほど前で、当初は一部の社員のみが使用するとてもシンプルなシステムだったんです。それが、他部署でも広く使用されるようになって、社員から寄せられるたくさんの要望を反映した結果、いつの間にかシステム全体がカオス化してしまって……。例えるなら、増築に増築を重ねて迷路みたいになった家に、新人からベテランまで、大人数が同居しているイメージです(笑)。
おそらく、システムを立ち上げたときに先々のサービスの変化を想定できていなかったことが原因です。会社が提供するサービスの内容が変わっていって、システムの利用者も増えれば、当然のように基幹システムに必要な機能も変わってくるので。
——そんな状況であれば、日常的にいろいろと面倒なことが起きそうですね。具体的に、社員の仕事にはどのような問題が起きていたんでしょうか?
戸澤:まず、初めて触る人がシステムの使い方を理解するまでに時間がかかることが大きな問題でした。キャリアアドバイザーは、システムを使いこなして、登録者のキャリアを把握し、的確な情報を届けることが重要です。それなのにシステムの要領を得ないままではいい仕事ができるはずありませんよね。パーソルキャリアには中途入社の社員も多いので、業務に慣れるまでにとにかく時間がかかっていたんですよ。
内藤:さらに悩ましいのは、どんなに不便なシステムでも長年使っているうちにその環境に慣れてしまう人もいるということです。一部の機能を使いやすく調整しようと思ったら、変化を嫌うばかりに「それは使っているから変えないでくれ」と言い出す人が現れたりして。前にテレビで、狭い家に暮らす大家族モノの番組を見て、共同生活の悩みに本当に共感しちゃって。「リモコンはその位置に置くのがルールだから、動かさないで!」みたいな感じですよ(笑)。
——わかりやすいたとえです(笑)。一方、エンジニアの側から見て、「カオス化した基幹システム」とはどのようなものだったのでしょうか?
石井:10年分の作業が積み重なって複雑化しているので、エンジニアにも不親切でしたね。新しい機能を加えるためには、既存の機能が関係している範囲や、追加することによる影響を考慮したうえで着手しなければいけないのですが、過去にどこをどう変えたのか、なぜ変えたのか、ドキュメントとして残っていないんですよ。
当時はプログラムを書いている時間よりも、既存のシステムの状況を調べる時間のほうが長くなっているという、本末転倒の状況でした。
——ユーザーだけでなくエンジニアにとっても、扱いにくいシステムだったんですね。当時の基幹システムでは、機能追加や改修の際には、どのような体制で行っていたんですか?
内藤:基本的には、営業企画部が新しいシステムの企画を立ち上げて、それをシステム部門が受けて、外部ベンダーに依頼する、といった流れですね。実を言うと、そこのコミュニケーションでもスムーズにいかない部分が多くて……。
——具体的にはどういった場面で苦労されたのでしょうか?
内藤:我々システム部門が、営業企画部と外部ベンダーとの間で板挟みになってしまうんですよ。その結果、たびたび意見の衝突やすれ違いが起こっていました。
例えば、営業企画部から新しい機能を実装する企画が持ち上がったとします。その企画を見たとき、システムに理解がある我々からすると、その作業がどれくらい大変なものかはすぐにわかります。そこで、正直に「それは難しいです」と返事をせざる得ないシーンが多くなってしまうんです。その結果、当時は営業企画部から「システム部門は非協力的なチームだ」というイメージを持たれていたみたいです。
戸澤:そして、システム部門はその大変な企画を内心申し訳なく思いながら外部ベンダーさんに依頼して、案の定「それは難しいですよ」と苦い顔をされてしまうという……。
「やらされる仕事」ではなく「みんなの仕事」とするために
——そんな数々の問題を解決するべくARCS刷新プロジェクトは、どのように始まったんですか?
内藤:刷新プロジェクトは2015年に発案されて、2016年にIT要件定義を行い、2017年から設計をスタートしました。そして今も引き続き開発を行っている、かなり長期のプロジェクトです。より良いシステムを構築するためには弊社の業務理解が必要不可欠だったので、最初こそ外部のITコンサルティング会社に依頼しつつも、徐々に内製に切り替えて開発を行おう、ということになりました。
——そもそも、刷新プロジェクトは、エンジニア部門の発案だったんですか?
戸澤:いえ、営業企画部の発案でした。当時、社員の生産性をより高めていくための方法を考えようという、社をあげての業務効率化プロジェクトが推進されていたんです。その一環として、会社全体のパフォーマンスを向上させていくために基幹システムをよりシンプルにして、オペレーションを統一していく、というのがそもそもの発端でした。
ただ、当時のシステム部門にとっては、他部署が決定したシステム改修を「やらされている」というのが正直な感覚でした。「内製に移行する」という目標を立てて、社内のエンジニアは増えたんですが、同じくらい異動もたくさんあり、途中からプロジェクトに参加する社員も多くて。当時は、プロジェクトへのモチベーションを保てない社員も少なくなかったと思います。
石井:僕が入社したのはそのタイミングですね(笑)。確かに、「なんでこんな作業をやるんだろう?」と、違和感を持つことはあったかもしれません。
——そんな、なかなかモチベーションの上がらない状況のなかで、内藤さんや戸澤さんはエンジニアに対してどのような働きかけをしていったのでしょうか。
戸澤:内藤さんと協力して、「どうやったら、ARCSシステムを皆のシステムにしていけるか」を考えました。スタート当初のARCS刷新プロジェクトは、他の業務と並行して作業を行うような「たくさんある仕事のなかの一部」だったんです。
ただ、その状態だと、別の業務を頑張りたいのに刷新作業に時間を取られて、「自分の評価には影響しないのに」と渋々やっている社員もいるだろう、と。そこで、ARCS刷新を「部門の一業務」から「部門全体の任務」として置くことで、メンバーがその役割や目的を少しずつ理解してくれるようにしていきました。
内藤:企画部門が「物事を企てる」のが仕事であるならば、それを支えるシステムは、物事を企て実行しやすいように「変わり続けられるもの」でなければいけないんですよ。だからこそ、会社や時代の変化に柔軟に対応できるよう、「変わる」ことを前提にしたシステムにしなければいけない、ということをメンバーに伝えていきました。
——刷新の意義や目的を少しずつ見つけるところから始めていったんですね。そのなかで、エンジニアの使命はどういったところにあったんでしょうか?
戸澤:事業会社の基幹システムは、完成して公開したら終了ではありません。むしろ、リニューアルして社内で使われるようになってからが本番なんです。我々は社内エンジニアであって外部のベンダーではないので、完成後も基幹システムをずっと管理し続けなければいけない。
石井:これは「事業会社のシステムエンジニア」の大きな特徴ですよね。自らが所属する会社の事業についてきちんと理解しておくことはもちろん、社員が行う業務プロセス、併せて付随する企画や経営についても知っておかないと、大きな仕事に携われないんです。
そう考えると、事業会社のエンジニアはやるべき仕事や役割がとにかく多いですよね。システムエンジニアとしての仕事をしながら、企画やマネジメントも行うし、全体の予算管理もしないといけないですから。
予測不能な失敗こそ、お金で買えない価値がある——
——外部のベンダーに発注していたところから内製化をすすめてみて、いかがでしたか?
戸澤:技術書やハウツー本に書かれていない、予測不能な失敗をたくさんしました。繰り返しますが、事業会社のシステムはできてからが本番です。肝心の整備を他人に任せてしまったら、運用が始まってから問題が起きても、手の打ちようがなくなってしまいます。言葉で言うのは簡単ですが、本当にやってみないとわからないことばかりでした。
石井:外部にお願いしてばかりでは、同じ作業を自分でできるようになることは絶対にありえません。システムを構築して、手入れまで自分たちで行うようにすれば、その分のノウハウが社内に蓄積されていきます。ノウハウはお金では買えないんです。
——今もプロジェクトを進めているとのことですが、現在はどの段階まで進んでいるんでしょう?
内藤:現在は中部エリアでユーザーテストを行っています。戸澤さんと2人で、実際にシステムを使っている社員の要望を聞きに行くんですよ。昔だったら、こんなこと怖くてできなかったと思うんですけどね。
——怖かった?
内藤:過去のシステム改修は、複雑な構造をさらにいじって進めているものなので、実装後に新しい要望が出ても、さらに修正を加えるのがとても大変だったんですよ。でも今は、社内で手掛けた「改築しやすい」システムになったから、どこを変えてほしいのか抵抗なく聞きに行けるんです。
戸澤:もちろん今もシステムに対する要望はたくさん届いてます。だけど、実際にユーザーに会って直接話を聞いてみると、具体的な悩み事がバラバラなだけで、機能としての問題はいくつかの大きなポイントに集約されるんですよね。
石井:その「直してほしいポイント」というのも、蓋を開けてみたらすぐに直せる箇所だったりすることが多いんですよ。でもこれまでは、すべての要望を集約して、優先順位をつけて……と対応をしていたけど、今は「ここはすぐに直せそうだから着手する」といった判断しながら進めることができます。
——システム刷新により、改善しやすさやスピードだけでなく、社内のコミュニケーションにおいてもいい効果をもたらしているようですね。
内藤:そうですね。当初の目的だった「変化に柔軟に対応できるシステム」を実現したことで、他部門とのコミュニケーションがスムーズにできるようになりました。同じ会社組織の中で安心感が生まれたことは、結果として嬉しい出来事ですね。
戸澤:今回のような大規模システムの開発に限らず、ITとビジネス、その両方をきちんと理解した人がプロジェクトマネジメントに関わるのはとても重要だと痛感しました。
そういう人がいないと、難しい要望が入ったときに、「それは運用で回避しよう」「申し訳ないが現場に我慢してもらおう」「頑張ればできそうだからエンジニアにやってもらおう」というジャッジが下せないんですよ。そのバランス感覚は必ず誰かが持ってないといけないんです。
プロジェクトを通して生まれた、変化を恐れない挑戦
——このプロジェクトは皆さんにとってどんなチャレンジだったんでしょうか?
戸澤:失敗して、冷や汗をかく場面も多かったんですけど、こうして試行錯誤することこそがチャレンジの本当の価値なんだと思います。
石井:あと、全員で協力しながら「最初の一回」のプロジェクトに挑戦できたことも大きかったと思います。「会社が初めて挑戦するプロジェクト」にエンジニア個人として携われたことは貴重でしたね。
普通、この規模のプロジェクトだと、どうしても「経験者を連れてきて、やってもらおう」となってしまいがちで。でも今のパーソルキャリアには、このような「最初のプロジェクト」にどんどん挑戦していける土壌があるんだと思います。
戸澤:ゼロベースのプロジェクトにたくさん参加して実績を作っていけば、結果として自分の市場価値も上がっていきますからね。こんなふうに、BITA部のエンジニアは事業会社のシステムエンジニアとして、技術書にも書いていない、ITコンサルティングの会社などでは味わえないような経験ができるんだと思います。
——このARCS刷新プロジェクトは、IT部門だけではなく会社組織全体にも大きな変化を与えるものなのだと感じました。ただ、その中でも、さらにこれから変化が必要だと考えていることはありますか?
内藤:会社経営の意思決定に、今まで以上にITの知見を持ち込みたいですね。ITやデジタルを、会社経営のフィールドで使いこなせるような変化を起こしていきたいです。そのためには、事業部全体でITへの意識やモチベーションを高めることが必要なんじゃないかと考えています。
——そのために、これからどんな姿勢でプロジェクトをすすめていこうと考えていますか?
内藤:まず、これからも継続していくのは、現場を向いて開発を進めることです。現場に行かないと見えてこないことはやっぱりたくさんある。だから、ユーザーから要望が来るのを「待つ」のではなく、要望を「聞きに行く」姿勢でいなければならないんです。
そして何より、外部の変化に敏感になること。基幹システムを磨き上げることは、ある意味で、外部から切り離されたシステムに手を加え続けることだとも言えます。世間の動きから取り残され、会社全体の仕組みが「ガラパゴス化」してしまうことのないように注意しなければいけません。
これから人材系企業の仕事も大きく変化していくだろうと思います。その流れを敏感にとらえて、できるだけ外を向く。顧客とどのように繋がっていくのか、ITサイドから問い続けていきたいと思っています。
(文・編集=ノオト/撮影=西田優太)
内藤千稔 Kazutoshi Naitou
事業推進統括部 エージェント事業BITA部 ゼネラルマネジャー
2003年中途入社。新卒で楽器メーカーに入社し、営業および営業企画を担当。パーソルキャリアでは、人材紹介事業のマネジメントを経て、IT企画部門に異動。変化につよいシステム・企画開発組織・データ構造へのシフトのための各種取り組みを推進。
戸澤和俊 Kazutoshi Tozawa
エージェント事業BITA部 エージェントBITAグループ マネジャー
2015年中途入社。接骨院の経営から外資系ITコンサルティング会社に転職し、以後ITをメインフィールドにしたコンサルテーション及び、事業会社でのIT企画組織の立ち上げを経験。 ビジネスとITを同時に創発できる環境を求め、インテリジェンス(現パーソルキャリア)に入社。現在は、デジタル推進担当として、IT・システム組織及び、企画組織のマネジメントを担当。現在は退職。
石井孝典 Kousuke Ishii
テクノロジー本部 エンジニアリング統括部 システムアーキテクチャBITAグループ リードエンジニア
2017年中途入社。 新卒で独立系SIerに入社。宇宙開発/自動車R&D/製薬・製造/金融/物流など業種を問わず様々なシステム開発プロジェクトに従事。 プログラマからSE/プロジェクトマネージャーを経て、事業目線で業務システムの未来像を描き推進できる環境を求めてインテリジェンス(現パーソルキャリア)に入社。 基幹業務システムの刷新にシステムアーキテクトとして参画。現在は同システムの改善や、周辺システム連携のアーキテクチャ構築を担当。
※2019年11月現在の情報です。